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	<title>社会学 | 創造法編集社</title>
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	<description>社会学や哲学、その他創造に関する知識をまとめます</description>
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	<title>社会学 | 創造法編集社</title>
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	<item>
		<title>【１ワード社会学第十三回(36)】ハーバーマスの｢システムの合理化｣</title>
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		<dc:creator><![CDATA[蒼村]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 06 Apr 2026 13:09:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ユルゲン・ハーバーマス]]></category>
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					<description><![CDATA[目次 動画での説明はじめに社会学とはなにか記事の分割(7)[E]システム関連[7-3]ハーバーマスの｢システムの合理化｣ハーバーマスの｢システムの合理化｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説ルーマンの｢複雑性の縮減｣ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-2" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-2">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">動画での説明</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">はじめに</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">社会学とはなにか</a><ol><li><a href="#toc4" tabindex="0">記事の分割</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">(7)[E]システム関連</a><ol><li><a href="#toc6" tabindex="0">[7-3]ハーバーマスの｢システムの合理化｣</a><ol><li><a href="#toc7" tabindex="0">ハーバーマスの｢システムの合理化｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</a></li><li><a href="#toc8" tabindex="0">ルーマンの｢複雑性の縮減｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</a></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">｢システムの合理化｣そのものは病理的な現象ではない</a></li><li><a href="#toc10" tabindex="0">カール・マルクスが見逃していた近代的合理化のポジティブな側面</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc11" tabindex="0">参考文献リスト</a><ol><li><a href="#toc12" tabindex="0">今回の主な文献</a><ol><li><a href="#toc13" tabindex="0">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></li><li><a href="#toc14" tabindex="0">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></li></ol></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">汎用文献</a><ol><li><a href="#toc16" tabindex="0">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></li><li><a href="#toc17" tabindex="0">大澤真幸「社会学史」</a></li><li><a href="#toc18" tabindex="0">新睦人「社会学のあゆみ」</a></li><li><a href="#toc19" tabindex="0">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</a></li><li><a href="#toc20" tabindex="0">アンソニー・ギデンズ「社会学」</a></li><li><a href="#toc21" tabindex="0">社会学</a></li><li><a href="#toc22" tabindex="0">クロニクル社会学</a></li><li><a href="#toc23" tabindex="0">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></li></ol></li><li><a href="#toc24" tabindex="0">参考論文</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">動画での説明</span></h2>
<div class="video-container"><iframe class="fastyt" width="300" height="169" data-src="////www.youtube.com/embed/_AcfFofw1cM" data-alt="動画の説明" data-mce-fragment="1"><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span></iframe></div>
<p>よろしければサイト維持のためにチャンネル登録をよろしくお願いしますm(_ _)mモチベになっていますm(_ _)m</p>
<h2><span id="toc2">はじめに</span></h2>
<h3><span id="toc3">社会学とはなにか</span></h3>
<p>社会学とは､｢<b>社会を対象とする学問</b>｣のことである｡そして社会とは基本的に｢<b>人々の社会的行為の相互作用の集まり</b>｣を意味する｡</p>
<p>なぜ社会学が存在するのかについては多種多様な立場があるが､根本的には｢<b>社会を分析し､よりよい社会へ導くため</b>｣だといえる｡社会とはなにか､どう変動していくのかという事実判断やどうあるべきかという価値判断の両方のバランスをとる必要のある学問である｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/11/27/durkheim-4-1/">【基礎社会学第三六回(1)】エミール･デュルケムの社会学とはなにか､学ぶ意味や価値はあるのか</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png"><img fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4898" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png" alt="" width="599" height="474" /></a></p>
<p>この動画チャンネルシリーズは創造発見学に位置づけられている｡要するに､<b>アイデアをひらめくための情報を学ぼう</b>というわけである｡ビジネス､友人関係､学業､さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい｡</p>
<p>できるだけ<b>１ワード</b>に説明する対象を絞っていく｡</p>
<h4><span id="toc4">記事の分割</span></h4>
<p>(準備中)</p>
<h2><span id="toc5">(7)[E]システム関連</span></h2>
<h3><span id="toc6">[7-3]ハーバーマスの｢システムの合理化｣</span></h3>
<h4><span id="toc7">ハーバーマスの｢システムの合理化｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</span></h4>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong><b>システムの合理化</b></strong></span>：</big>技術的なシステムの生産性､操作性､制御性が増大すること｡主な機能は｢物質的再生産｣である｡</p>
</div>
<p>生活世界の合理化においては｢<b>諸個人の意思疎通を円滑にする</b>｣という点が重要であり､システムの合理化においては｢<b>物質的再生産を円滑にする</b>｣という点が重要だということになる｡後で扱うが､別の用語で言えばそれぞれ社会統合､システム統合となる｡</p>
<p>ハーバーマスにおいて､こうした技術システムの要素は言語によるコミュニケーションや意識といったものではない｡</p>
<p>社会は生活システム(非システム)とシステムの２つの側面からなり､さらにシステム領域には経済システムや政治システムといったサブシステムがあるという｡それぞれの制御メディアは貨幣や権力という点はルーマンと同じである｡</p>
<p>たとえば経済では｢<b>貨幣</b>｣というメディアを通した｢<b>支払い</b>｣という(非言語的な)作動が中心となっている｡我々が無言でレジで買い物をするイメージ､自販機でお金を入れるイメージをするとわかりやすい｡</p>
<p>｢言語｣というメディアを通した｢発話｣が中心の生活世界とは明確に区別されている(ルーマンは言語以外にもありうるし､対等でなくともコミュニケーションは調整されることがありうることを重視するかもしれない｡対等性や言語性をかならずしも理想として位置づけないのであり､他の等価な可能性に開けている)｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>｢自己･他者･関係｣(社会学ベーシックス),世界思想社,第一刷,244-245p</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,160p</p>
</blockquote>
<h4><span id="toc8">ルーマンの｢複雑性の縮減｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</span></h4>
<p>ルーマンの用語でいうと､システムの合理化は｢<b>複雑性の縮減</b>｣と重なってくる｡複雑性とはざっくりいえば｢同時に選択できない選択肢の数の度合い｣を意味する｡</p>
<p>たとえばランチタイムに行く店の選択肢が10通りより100通りあるほうが複雑性が高く､かつ同時に複数の選択肢をとることはできないだろう｡しかし予算や時間､交通のアクセス(という観点)によってその選択肢は絞られるかもしれない(複雑性の縮減)｡</p>
<p>ただし､近代において複雑性は大幅に縮減されるが､しかし大幅に複雑性は増大しているという点は抑えておく必要がある｡これは矛盾ではなく､抽象度が異なるという点に注意する必要がある｡部分をスッキリさせてしまったゆえに全体がスッキリしないようなイメージ｡たとえば貨幣を出すか/出さないかという選択肢のシンプルさによって､取引相手や商品が大幅に増える｡</p>
<p>たとえばお金を出せば物を買えるという意味で複雑性は縮減されているが､｢お金を出せば物を買えるという仕組み｣のレベルでは選択肢が膨大に増加し､複雑性は増大している｡われわれのほとんどは円の価値が下がったり上がったりする理由をもはや把握できない｡選ばれうる選択肢が何千､何万､とあり､しかもそれらは時系列的に組み合わさっているのである｡</p>
<p>選択肢が増大するようになると､選ばれない選択肢が増える｡しかし､選ばれなかった選択肢は消失するわけではなく<b>潜在している</b>のである(偶発性､ほかでありうる可能性の増大)｡その意味で複雑性は増大するが､しかしある選択肢がシステマティックに選ばれるようになるという意味で複雑性は縮減されているのである｡可能性の水準では増大し､期待の水準では縮減されているという言い方もできそうだ｡</p>
<p>昔は農家の息子は農家になるしかなかった｡現代では高校に行くか､別のことをするかといった｢選択肢｣は増大しているが､多くの人(99%)は結局は高校に行こうとする､あるいは高校に行かせるのである｡</p>
<p>そして選択肢､いわばシステム内の要素の可能な組み合わせが豊富なシステムほど､適応能力､柔軟性が高いというポジティブな側面がある｡社会学は新たな理論を通して現象を一定の枠組みで観察しようとするという意味で複雑性を縮減しているが､それゆえに､新しい解釈や選択肢が増大するのであり､複雑性が増大しているともいえる｡</p>
<p>たとえば鉄しか生産できない会社は鉄が不要になったときに淘汰されるが､鉄も銅もプラスチックも生産する会社､あるいは生産可能な会社は淘汰されにくく､需要に柔軟に対応できる｡</p>
<p>ただし社会全体でみると､予測が困難､意味が不安定､相互依存リスク､制御不可能性などのネガティブな側面もある｡そしてこのネガティブな側面は構造的な帰結であり､解決することは難しい｡</p>
<p>たとえば金融市場が崩壊しただけで､それと相互依存的なシステムは深刻なダメージを受けるのであり､その社会と相互依存的な他の社会も深刻なダメージを受けるのである｡<b>ルーマンは社会全体を調整できるような特権的､中心的なシステムの存在を機能分化した社会に認めていない</b>(政治システムにも期待できない)｡たとえば社会全体に関わる環境問題に対応しようとしても､政治は経済のせいにして､経済は政治のせいにしようとするといったことが現実的に生じている｡</p>
<p>行政システムにおいては､法規や命令体系がきっちりしており､話し合いよりも手続きや権限が重要となる｡話し合いは本質ではなく､所定の手続きをふめばいいのである｡</p>
<p>｢<b>そういう決まりになっていまして･･･</b>｣というお役所仕事的なセリフをよくきくだろう｡ルールを大事にするか､現場の判断を大事にするかといった葛藤はよく映画やドラマのテーマとなっている｡行政官が自分の頭で考えて仕事を処理しているというより､ロボットのように決められた所定の作業を処理しているというイメージが｢システムの合理化｣に近い｡効率性を求めていくとそうなるのである｡店員もロボットのように客を処理し､客もまた店員をロボットのようにみなす｡</p>
<p>たとえばある許可申請がその許可条件に満たすかどうかを形式的なルールに基づいて処理する場合もわかりやすい｡</p>
<p>｢かわいそうだから許可する｣､｢お金持ちだから許可する｣､｢きわめて非合理的でも伝統だから許可する｣といった人間的なコミュニケーションは基本的に許されていない｡たとえば信号を青にするか赤にするかが機械の気分で決まるわけではないのと同じであり､システム的に決まっているのである｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-1/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(前編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-2/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(中編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-3/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(後編)</a></p>
<h4><span id="toc9">｢システムの合理化｣そのものは病理的な現象ではない</span></h4>
<p>ハーバーマスによると､システムの合理化は<b>必ずしもそれ自体は病理的な現象であるわけではない</b>という｡病理的な現象は生活世界の領域にシステムが越境するときに生じるからである(生活世界の植民地化については後で扱う)｡｢システムをぶっ壊せ｣と安直に､非合理的な根拠に基づいて革命を志向するような青少年たちをハーバーマスは批判的に見ている｡</p>
<p>では､システムの合理化における健全な側面とは具体的になにが考えられているのだろうか｡</p>
<p>システムの合理化が健全であるためには､生活世界におけるコミュニケーションを｢<b>侵食</b>｣せずに､むしろ｢<b>支える</b>｣ものである必要がある｡利潤や支配の拡大だけを過剰に目的にせず､社会の安定､安全や公平といった指標を重視する必要がある｡</p>
<p>ハーバーマスはそうした例として､｢<b>貨幣が言語に代わって取引を調整することを可能にするケース</b>｣をあげている｡</p>
<p>いうまでもなく､貨幣は近代特有のメディアではない｡紀元前７世紀頃にはすでにリュディアなどで貨幣が鋳造され､流通していたという｡</p>
<p>近代において重要なのは､経済システムが自律した(分化した)という点である｡たとえば身分や慣習が取引を規定する側面がつよかったという｡｢誰が買うのか｣という人格的な側面が売買に関係していたのである｡しかし近代の経済システムでは基本的に｢誰が買うのか｣は(多くの場合は)問題にならない｡</p>
<p>近代の経済が自律するにつれて､売買をいかにスムーズに行うのかという意味での合理性が近代において高まっている｡</p>
<p>需要と供給で価格が決まり､｢対話｣を個人間で毎回行わなくても標準価格がわかるようになる(たとえば今ではネットなどで調べればすぐに市場の価格がわかる)｡他にも､同じ規格の商品を大量生産する仕組みを整え､品質を一定にすることで､品質について｢対話｣する必要がなくなる｡</p>
<p>個人間の信頼関係による｢対話｣で資金を調達しなくても､銀行制度などを利用して条件さえ満たせば誰でもせずに資金を調達できるようになる｡</p>
<p>いままで言語的コミュニケーション(コミュニケーション的行為)で調整しされていたものが､貨幣的コミュニケーションで調整されるようになったというわけである｡</p>
<p>ハーバーマスによればこうした貨幣による代替は､｢<b>人間の選択の幅</b>｣を広げるものであり､｢<b>自由の性格の変化</b>｣というポジティブな側面を観ることができるという｡</p>
<p>たしかに具体的な人間関係においていちいち価格を交渉したり､お金を借りたりするというのは大変である｡われわれは銀行員と人格的なやりとりをするわけではなく､単に会社の目的合理性(どれだけ効率的に稼いでいけるのか)を示すことができればよくなった｡会社でもプライベートな側面を分けて､経済的な側面においてのみ同僚と関わることでコミュニケーションの衝突が生じにくくなっているかもしれない｡</p>
<p>たとえばある宗教に属していない､身分が違うからという理由で価格を高く設定されたり､お金を貸してもらえないケースは｢選択の幅が狭い｣ものであるといえる｡また､Amazonのように知らない相手とも安全に交換できるという意味で｢選択肢｣も増えているといえる｡</p>
<p>たしかに対話が不要という意味で従来からすれば冷たい仕組みではあるが､個人を共同体的な拘束から｢<b>解放</b>｣するというポジティブな要素がある｡</p>
<p>もちろんこうした例は｢反省や対話のための合理化｣ではなく､｢物的な再生産のための合理化｣という意味で｢生活世界の合理化｣とは異なる合理化､つまり｢システムの合理化｣であるという点には注意する必要がある｡</p>
<p>システムの合理化が進展するにつれて､生活世界にも影響を与え､｢生活世界の合理化｣というポジティブな効果をもたらしている｡システム的な考え方がコミュニケーションにおいても発揮されているというイメージである｡</p>
<p>さらに､システムの合理化は生活世界の合理化だけではなく､対話をする土台としてインフラの整備､市場の機能､行政の安定といったものももたらしているという意味で､生活世界にポジティブに寄与している｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/ab383ff5c9cb3ad1e05542e022e7b351.png"><img decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-5503" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/ab383ff5c9cb3ad1e05542e022e7b351.png" alt="" width="631" height="544" /></a></p>
<p>これらの関係を図にするとこのようなイメージとなる｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>｢自己･他者･関係｣(社会学ベーシックス),世界思想社,第一刷,244p</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,162p</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,184p</p>
</blockquote>
<h4><span id="toc10">カール・マルクスが見逃していた近代的合理化のポジティブな側面</span></h4>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/ab199c0d54d66ddba76da2d1fffa3ac0.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter  wp-image-5504" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/ab199c0d54d66ddba76da2d1fffa3ac0.png" alt="" width="158" height="297" /></a></p>
<p>ハーバーマスは､ドイツの哲学者であるマルクスは社会の機能分化(ヘーゲル的にいうと｢全体性の喪失｣)がポジティブな役割を果たすことを十分に理解､評価できなかったと批判している｡</p>
<p>具体的には身分制の解体､契約の自由の成立､市民権の確立､政治参加の可能性の拡大､経済的移動の自由など､新しい可能性が開かれたのである｡封建的階級関係は再編成されるという事態を読み取ることができなかったというわけだ｡</p>
<p>もちろん､貨幣の登場や資本主義的なシステムの発展は､マルクス的な意味での｢<b>物象化</b>｣というネガティブな側面ももっていることをハーバーマスは理解している｡</p>
<p>物象化とは簡単に言えば､本来は人間同士の社会関係であるものが､あたかもモノとモノの関係であるかのように見えてしまう状態のことである｡たとえば労働者は｢人｣ではなく｢人件費｣として扱われる｡｢人間の時間｣は｢時給｣になる｡｢教育｣は｢投資｣になる｡｢文化｣は｢市場価値｣になる｡｢人生の選択｣は｢費用対効果｣が基準となる｡この傾向が過度に進めば､生活世界をシステムが侵食するというネガティブな側面につながり､その結果､選択の増加は単なる無規制的状態(アノミー)へと転じてしまう｡</p>
<p>ハーバーマスは近代的合理化を､道具的合理化とコミュニケーション的合理化という二つの側面から再解釈した｡システムの合理化は主に道具的合理化に位置づけられる｡</p>
<p>出来事を｢行為､行動､その他の作動｣に区別できるとすれば行為及び行動において道具的合理化された出来事があり､作動においても道具的合理化された出来事があるということになる｡そしてシステムの合理化にはポジティブな面とネガティブな面の２つの側面があるというわけだ｡つまり､｢<b>両義的な事態</b>｣をハーバーマスは読み取っているわけである｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,163p</p>
</blockquote>
<h2><span id="toc11">参考文献リスト</span></h2>
<h3><span id="toc12">今回の主な文献</span></h3>
<h4><span id="toc13">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/4bLm8sZ">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></p>
<h4><span id="toc14">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/41drQ0B">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></p>
<h3><span id="toc15">汎用文献</span></h3>
<h4><span id="toc16">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3IppNe8">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></p>
<h4><span id="toc17">大澤真幸「社会学史」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3CUbL3f">大澤真幸「社会学史」</a></p>
<h4><span id="toc18">新睦人「社会学のあゆみ」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3LG8hpn">新睦人「社会学のあゆみ」</a></p>
<h4><span id="toc19">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00IR44T26/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=B00IR44T26&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=f2712c443f380f792438b51627b4e2de" target="_blank">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる！</a></p>
<h4><span id="toc20">アンソニー・ギデンズ「社会学」</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4880593508/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4880593508&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=009f3e2b26ad145fcf5b5b9af985ac34" target="_blank">社会学 第五版</a></p>
<h4><span id="toc21">社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641053898/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641053898&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=72d8061762b43ee3cf228bc6f94281a1" target="_blank">社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)</a></p>
<h4><span id="toc22">クロニクル社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641120412/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641120412&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=70dbea010ff34843c3a086a108837a11" target="_blank">クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)</a></p>
<h4><span id="toc23">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4833423111/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4833423111&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=12c6523e52a8ad8c7f6186f2a7e8638b" target="_blank">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></p>
<h3><span id="toc24">参考論文</span></h3>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (上)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/616/files/nagano_14-04-03.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/567/files/nagano_15-01-08.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (下)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/582/files/nagano_15-03-05.pdf">URL</a>]</p>
<p>嘉目道人｢発語媒介効果の不可逆性とフィクションの倫理的責任｣(2020)</p>
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		<title>【１ワード社会学第十三回(35)】ルーマンの｢社会システム理論｣</title>
		<link>https://souzouhou.com/2026/04/06/habermas-35-theory-of-communicative-action/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[蒼村]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 06 Apr 2026 12:51:31 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ユルゲン・ハーバーマス]]></category>
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					<description><![CDATA[目次 動画での説明はじめに社会学とはなにか記事の分割(7)[E]システム関連[7-2]ルーマンの｢社会システム理論｣ハーバーマスにおいてシステムとは｢技術体系｣であるハーバーマスにおいてシステムの機能は｢社会の物質的再生 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-4" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-4">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">動画での説明</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">はじめに</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">社会学とはなにか</a><ol><li><a href="#toc4" tabindex="0">記事の分割</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">(7)[E]システム関連</a><ol><li><a href="#toc6" tabindex="0">[7-2]ルーマンの｢社会システム理論｣</a><ol><li><a href="#toc7" tabindex="0">ハーバーマスにおいてシステムとは｢技術体系｣である</a></li><li><a href="#toc8" tabindex="0">ハーバーマスにおいてシステムの機能は｢社会の物質的再生産｣である</a></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">ルーマンの社会システム理論基礎知識:社会システム</a></li><li><a href="#toc10" tabindex="0">ルーマンの社会システム理論基礎知識:システムと環境､自己組織</a></li><li><a href="#toc11" tabindex="0">ルーマンの社会システム理論基礎知識:相互浸透､構造的カップリング</a></li><li><a href="#toc12" tabindex="0">ルーマンの社会システム理論基礎知識:コミュニケーション</a></li><li><a href="#toc13" tabindex="0">(1) ルーマンにとって｢理解｣とは､｢送り手が伝達したいと思った情報がそのまま受け手に伝わる｣ことではない｡</a></li><li><a href="#toc14" tabindex="0">(2) ルーマンにとって｢誤解｣とは｢理解｣の一種である｡</a></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">(3) コミュニケーションだけがコミュニケーションできる｡人間はコミュニケーションできない｡</a></li><li><a href="#toc16" tabindex="0">なぜルーマンはヒューマニズム的な立場に批判的なのか</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc17" tabindex="0">参考文献リスト</a><ol><li><a href="#toc18" tabindex="0">今回の主な文献</a><ol><li><a href="#toc19" tabindex="0">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></li><li><a href="#toc20" tabindex="0">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></li></ol></li><li><a href="#toc21" tabindex="0">汎用文献</a><ol><li><a href="#toc22" tabindex="0">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></li><li><a href="#toc23" tabindex="0">大澤真幸「社会学史」</a></li><li><a href="#toc24" tabindex="0">新睦人「社会学のあゆみ」</a></li><li><a href="#toc25" tabindex="0">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</a></li><li><a href="#toc26" tabindex="0">アンソニー・ギデンズ「社会学」</a></li><li><a href="#toc27" tabindex="0">社会学</a></li><li><a href="#toc28" tabindex="0">クロニクル社会学</a></li><li><a href="#toc29" tabindex="0">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></li></ol></li><li><a href="#toc30" tabindex="0">参考論文</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">動画での説明</span></h2>
<div class="video-container"><iframe class="fastyt" width="300" height="169" data-src="////www.youtube.com/embed/_AcfFofw1cM" data-alt="動画の説明" data-mce-fragment="1"><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span></iframe></div>
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<h2><span id="toc2">はじめに</span></h2>
<h3><span id="toc3">社会学とはなにか</span></h3>
<p>社会学とは､｢<b>社会を対象とする学問</b>｣のことである｡そして社会とは基本的に｢<b>人々の社会的行為の相互作用の集まり</b>｣を意味する｡</p>
<p>なぜ社会学が存在するのかについては多種多様な立場があるが､根本的には｢<b>社会を分析し､よりよい社会へ導くため</b>｣だといえる｡社会とはなにか､どう変動していくのかという事実判断やどうあるべきかという価値判断の両方のバランスをとる必要のある学問である｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/11/27/durkheim-4-1/">【基礎社会学第三六回(1)】エミール･デュルケムの社会学とはなにか､学ぶ意味や価値はあるのか</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4898" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png" alt="" width="599" height="474" /></a></p>
<p>この動画チャンネルシリーズは創造発見学に位置づけられている｡要するに､<b>アイデアをひらめくための情報を学ぼう</b>というわけである｡ビジネス､友人関係､学業､さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい｡</p>
<p>できるだけ<b>１ワード</b>に説明する対象を絞っていく｡</p>
<h4><span id="toc4">記事の分割</span></h4>
<p>(準備中)</p>
<h2><span id="toc5">(7)[E]システム関連</span></h2>
<h3><span id="toc6">[7-2]ルーマンの｢社会システム理論｣</span></h3>
<h4><span id="toc7">ハーバーマスにおいてシステムとは｢技術体系｣である</span></h4>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/7a123c2ea315d237c0ebe01f1edeab8e.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter  wp-image-5493" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/7a123c2ea315d237c0ebe01f1edeab8e.jpg" alt="" width="182" height="294" /></a></p>
<p>ドイツの社会学者であるルーマンは､ハーバーマスと論争したことで著名になった人物である｡代表作は『社会システム理論』(1984)である｡</p>
<p>まず､ハーバーマスにとってシステムとは(一般的な定義的に)｢相互に関係をもつ構成要素からなるひとまとまりの全体｣といった抽象的なものが主に想定されているわけではない｡</p>
<p>人間が人間のために考案した｢<b>技術</b>(テクノロジー)｣を主に意味する｡ハーバーマスがルーマンの分野を｢<b>社会工学</b>(社会テクノロジー)｣とみなすのは､もっぱらこの意味でシステムをとらえているからである｡ちなみにルーマンは自分の立場を社会工学であるとは思っていない｡</p>
<p>ようするにハーバーマスが考えるシステムは｢<b>技術の体系(システム)</b>｣だというわけだ｡たとえばから揚げを自動でつくる工場は技術システム的であるという言い方をすればすこしわかりやすい｡そこに人間の人格､理性や感情といったものは強く関与せず､決められたプロセスを自律的､自動的､機械的に守ることが第一に重要になる｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>クリスティアン･ボルフ｢ニコラス･ルーマン入門｣,27p</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,121p</p>
</blockquote>
<h4><span id="toc8">ハーバーマスにおいてシステムの機能は｢社会の物質的再生産｣である</span></h4>
<p>人間が人間のために作ったものがシステム(技術)であるのだから､なんらかの目的があるはずであり､システムはなんらかの<b>機能</b>(結果)を出力しているはずである｡</p>
<p>ハーバーマスにとってシステムの機能とは｢<b>社会の物質的再生産</b>｣であるという｡つまり､｢<b>社会の物質的再生産を促すような技術体系</b>｣がハーバーマスにおけるシステムのイメージなのである｡</p>
<p>具体的には｢<b>官僚制</b>｣のような政治システム､｢<b>資本主義体制</b>｣のような経済システムが念頭におかれている｡共に､近代合理化とともに分化し､発展してきた技術体系である｡</p>
<p>ハーバーマスはたしかに意識哲学を批判したが､人々の意識を軽視しているわけではない｡ある孤立的な個人の自分勝手な思念によって社会がどうなっているか､どうあるべきかを決めるべきではないといいたいのである｡</p>
<p>意思疎通し合う諸個人における意識､自発性､能動性､創造性､多様性といったものをハーバーマスはむしろ極めて重視している｡人間が集まったときの理性の能力を､特に理想的な条件における討議における能力にたいしてハーバーマスは信頼しているのである｡人格､意識､選択､合意､理性､価値､規範などを重視せずにシステム的な効率性､再生産ばかりにルーマンは関心があるようにハーバーマスには見えてしまうのである｡</p>
<p>とはいえ､ハーバーマスは理性よりも意思､決断や欲求に重きを置く主意主義者ではない｡あくまでもコミュニケーション的理性に反しない限りでの､またそれを発揮する限りでの自発性や創造性､個性､欲求､他の道具的理性などを重視する啓蒙主義者である｡単なる希望や欲求に基づいて非合理的に革命や反権力を目指す態度をハーバーマスはよしとしない｡</p>
<p>(理想的な)意思疎通のために､また､意思疎通において､という前提がハーバーマスではくり返し強調されるのである｡</p>
<p>ハーバーマスの姿勢には､パーソンズが個人の主意主義性を社会の価値･規範を指向する限りで認めて行為理論を構築したものと通じるものがあるだろう｡</p>
<p>ただし､ハーバーマスはその社会の価値･規範を所与のものとせず､たんに贈与され､継承されるだけのものともせず､<b>人々の日々の具体的なコミュニケーションによって生成･維持･変革されるもの</b>であると考え､パーソンズよりも動態的な行為理論を作ろうとしている｡</p>
<p>生活世界では人びとの意思疎通､つまりコミュニケーション的行為がその中心､土台となっている｡そしてコミュニケーション的行為は人格や意識､行為というものが重要になる｡</p>
<p>しかしハーバーマスの理解では､システムというものは<b>行為者の意識(意図)や具体的な行為とは直接的には関係なく</b>､システムを一定の結果にむけて要素同士がなんらかの自律性と安定性を伴って相互作用し合っているまとまりとみなされているのである｡ハーバーマスは生活世界の領域は行為理論で､システムの領域はシステム理論でといったように棲み分けを強調しているのであり､生活世界の領域がシステム理論によって捉えられることを拒絶するのである｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,152p</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (下)｣(1993),55-56p</p>
</blockquote>
<h4><span id="toc9">ルーマンの社会システム理論基礎知識:社会システム</span></h4>
<p>ルーマンによれば､社会システムは経済システムや政治システム､法システムなどからなっているという｡そして社会システムにおけるそれぞれの要素は｢<b>コミュニケーション</b>｣であり､意識ではない｡ハーバーマスはルーマンとの論争によってシステム概念を摂取したのであり､システム理解はルーマンのシステム理解に深く関係する｡</p>
<p>意識は社会システムにとって｢<b>環境</b>(別のシステムの要素)｣にあたり､外部にあるのである｡ルーマンにとって心理システムの要素が意識であり､生命システムの要素が生命であるといったように､それぞれの区別できるシステムはそれぞれに独自の要素をもつのである｡</p>
<p>社会システムはさまざまなサブシステムからなり､更にそのサブシステムも独自のメディアをもつ｡ここでいうメディアとは｢<b>コミュニケーションを促進させる媒体</b>｣のことである｡</p>
<p>たとえば経済では｢<b>貨幣</b>｣がメディアであり､機能は希少性の減少である｡政治では｢<b>権力</b>｣がメディアであり､集団拘束的な決定の実現が機能であるとルーマンは考える｡ちなみにコミュニケーション･メディアは言語(ボディーランゲージや芸術を含む)､流布メディア(通信技術や文字など)､成果メディア(真理､愛､権力､貨幣)などに分類されている｡</p>
<p>さて､これでルーマンの社会システム理論を学ぶ必要性は理解できた｡彼らの違いを理解することを通して､ハーバーマスの言いたいことを理解していきたい｡</p>
<p>社会システム理論とは､文字通り｢<b>社会をシステムとして捉える理論のこと</b>｣である｡たいていの社会学者は基本的に広義の意味で社会システム理論家である｡</p>
<p>しかし､体系的に社会システム理論を構築しようとした有名な社会学者では主にパーソンズとルーマンが知られている｡</p>
<p>そしてハーバーマスもある意味では社会システム理論家であるといえる｡なぜなら､社会をシステムという観点から捉えるというマクロな理論と､生活世界を行為という観点から捉えるというミクロな理論を統合しようとしているからである｡</p>
<p>この意味で､中範囲理論を唱えたマートンに近い｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-1/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(前編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-2/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(中編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-3/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(後編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2023/08/25/robert-king-merton-1/">【基礎社会学第三十四回】ロバート・K・マートンの中範囲理論とはなにか</a></p>
<h4><span id="toc10">ルーマンの社会システム理論基礎知識:システムと環境､自己組織</span></h4>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong>(ルーマンにおける)<b>システム</b></strong></span>：</big>｢ある環境との区別そのもの｣である｡</p>
</div>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong>(ルーマンにおける)<b>環境</b></strong></span>：</big>ある特定のシステムの外部にあるものすべてである｡｢あるシステムとの区別そのもの｣である｡</p>
</div>
<p>このあたりをスッと理解することは難しい｡たとえば円の中がシステムであり､円の外が環境であるとする｡この場合､システムと環境は線という境界によって区別されている｡</p>
<p>もちろんこうした描画は説明のための簡易的なものであり､ルーマンはシステムと環境の差異が｢空間的｣なものだと考えていない｡</p>
<p>たとえば我々は対面せずとも､電話やネットを通して離れたところでコミュニケーションを行えることを考えるとすこしわかりやすい｡もちろん過去の誰かとコミュニケーションを行えることを考えれば､｢現在｣という時間に縛られてもいない｡私が今ルーマンの本を読んでいる場合も､コミュニケーションは生じている(ルーマンが生きているかどうかは重要ではない)｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/0824fc6e070e72a3bde48d5ae04d857c.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-5494" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/0824fc6e070e72a3bde48d5ae04d857c.png" alt="" width="325" height="220" /></a></p>
<p>システムと環境の間にはなんらかの｢境界｣がある｡ここまではなんとなく理解できる｡もし環境というものがなければ､システム(なんらかのまとまり)は存在することができない｡いわば､外部がなければ内部もないというわけである｡</p>
<p>その逆も同じであり､内部がなければ外部も存在できず､システムがなければ環境も存在できない｡</p>
<p>私とあなたの境界を私は明確に理解しているわけではないが､しかしそれは存在するのである｡</p>
<p>私の生命システムの作動があなたの生命システムの作動に直接影響を与えることはほとんどない(ように見える)､といったことからもわかる｡私の生命システムの作動､たとえばなんらかの血液の流れの増大が､経済システムの作動の代わりにはならない｡それらには境界があるからである｡</p>
<p>もちろん､境界が絶対的なものであるというわけではない｡</p>
<p>しかしある要素が別のシステムの要素の代わりになるとしたら､それらの境界がなくなるということであり､区別することが難しくなるということになる(サブシステムという形で境界はできるかもしれないが)｡たとえばアメーバAとアメーバBが合体してアメーバCになれば､AとBは区別できない(アメーバが合体できるのかという点は置いてておく)｡</p>
<p>社会学者の佐藤俊樹さんの説明では｢<b>システムがあってその境界ができるというよりも､境界が形成されてその『内』とされたものがシステムになる</b>｣という｡</p>
<p>ルーマンはシステムを｢複合的で変化しうる環境において内/外の差異の安定化をとおして自己を維持する同一性(アイデンティティ)｣とも定義している｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/600e957a4cbd5ec349fd913d7acad229.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-5495" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/600e957a4cbd5ec349fd913d7acad229.png" alt="" width="434" height="283" /></a></p>
<p>システムは環境と区別されたなにものかであり､また､システムは他の外部からの直接的な指示や干渉なしに､自らの構造を維持し､変化させている｡</p>
<p>このようなシステムの性質を｢<b>自己組織</b>｣という｡システムは｢<b>作動において閉じている</b>｣と表現されることがある｡図でいうとこのように示される｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-1/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(前編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-2/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(中編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-3/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(後編)</a></p>
<h4><span id="toc11">ルーマンの社会システム理論基礎知識:相互浸透､構造的カップリング</span></h4>
<p>では､干渉がない(外部が内部を直接決定しない)とはいったいどういうことか｡たとえば意識システムでは私の意識を要素としてのみシステムが組織されている｡</p>
<p>それゆえに｢急に他の人間の意識が私の意識システムに入り込んできて動かす｣ということは(おそらく)SF小説でもないかぎりない｡もしそれが可能ならテレパシーのようなサイキック現象が起きていることになる｡</p>
<p>たとえば他者が私の頭を物理的に強く揺さぶり､意識が変化したなら干渉なのではないかと素朴に思ってしまう｡</p>
<p>しかしそれらは違うシステムであり､違う要素によって生じているのだから､それぞれのシステムに｢<b>翻訳</b>｣される必要がある｡なんらかの物理的な刺激が電気信号などに翻訳されるわけであり､刺激そのものが要素となるわけではない｡</p>
<p>つまり､因果的影響がないといっているわけではなく､要素として直接入り込めないといっているのである｡システムにとっての環境から刺激や錯乱を促されているという事態を否定しているわけではない｡</p>
<p>とはいえシステムからすれば外部から刺激されているというよりも､外部のなんらかの刺激を通して｢<b>自己刺激</b>｣をしているというかたちになる｡刺激かどうかを判定するのも当のシステムのルールによるのである｡自動販売機に声で語りかけても､自動販売機のシステムでは対応できない(お金のコミュニケーションが基本となる)｡</p>
<p>たとえば｢光の刺激そのもの｣ではなく､｢なんらかの電気信号｣として(変換､翻訳､媒介されて)脳に自分で刺激を与えているようなイメージである｡このような変換がなければ知覚システムにとって刺激はないものとみなされるかもしれない｡われわれは赤外線を見てもそれが目の前にあると通常は自己刺激できない(おそらく)｡</p>
<p>要素はあくまでも区別されうるシステム内でのみ生産されるのであり､他のシステムから入り込んでくることはないのである｡ちなみにこのように翻訳的に影響を与えている関係を｢<b>構造的カップリング</b>｣という｡</p>
<p>それぞれの意識システムが作動において閉じているように､それぞれの社会システムも閉じているのという点も重要である｡</p>
<p>たとえば右翼の社会システムが急に左翼的なコミュニケーション作動を重要な作動とするということは基本的に考えられないだろう｡電車という領域ではその領域特有の作動のあり方､コミュニケーションのあり方があるという意味では境界がそこにあるといえる｡そして我々はそうした境界をコミュニケーションによって維持(再生産)しているのであり､その瞬間においてのみシステムは存在するのであり､物のように実在的に存在しているのではないのである｡左翼的なコミュニケーションがなくなれば｢左翼｣というなんらかのまとまりは消滅するのである｡</p>
<p>ルーマンにとって社会システムとは世界全体や社会全体といった規模の大きなものを必ずしも意味せず､パッと生じてパッと消えるような､道ですれ違ったときの安定したやりとりすら社会システムなのである｡</p>
<p>もちろん､あるシステムが作動において閉鎖しているということは､他の環境と一切関わらない､孤立しているという意味ではない｡システムと環境との関係は｢<b>相互浸透</b>｣や先程説明した｢<b>構造的カップリング</b>｣というような概念でルーマンによって説明されている｡</p>
<p>たとえば社会システムは生命システムや意識システムがなければ存在することができないし､経済システムは政治システムと依存し合っている(相互浸透している)｡</p>
<p>それだけではなく､システムは環境を観察することでもできるし､認識することもできるし､環境から刺激することもできる｡例えば左翼は右翼が悪いと観察するだろうし､右翼は左翼が悪いと観察するだろう(構造的カップリング)｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-1/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(前編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-2/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(中編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-3/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(後編)</a></p>
<h4><span id="toc12">ルーマンの社会システム理論基礎知識:コミュニケーション</span></h4>
<p>ハーバーマスにおいて大事なのは｢<b>コミュニケーション的行為</b>｣であった｡</p>
<p>ルーマンにおいて社会システムの要素は｢<b>コミュニケーション</b>｣である｡これは同じではないか､と思えてしまう｡しかしまるで違うのである｡</p>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong>(一般的な)<b>コミュニケーション</b></strong></span>：</big>情報や感情を他者と交換するプロセスのこと｡</p>
</div>
<p>例えばルーマン以前のコミュニケーション概念では｢<b>送り手-受け手モデル</b>｣が採用されていたという｡送り手(主体)がメッセージを送り､受け手(他者)が受け取るときコミュニケーションが生じるという人格的な相互作用の説明である｡要するに､単に言葉を伝えるようなものと理解されているのであり､その核心は｢<b>伝達行為</b>(情報を他者に伝えること)｣にあると考えられている｡</p>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong>(ルーマンにおける)<b>コミュニケーション</b></strong></span>：</big>｢情報･伝達･理解｣の三つの契機からなる概念｡情報､伝達､理解の三つの要素が揃ったときに創発する出来事のこと｡複数の主体の間で相互調整的に創発する出来事のこと｡</p>
</div>
<p>ルーマンは｢送り手―受け手｣モデルでコミュニケーションを考えていない｡ルーマンはコミュニケーションを｢<b>情報､伝達､理解の選択</b>｣のモデルで考えている。</p>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong><b>情報の選択</b></strong></span>：</big>何が発せられたのかに関わっている出来事のこと｡例:車を買ったという事実確認的な側面｡バッテリーが切れそうだとスマホで自動的に表示される｡</p>
</div>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong><b>情報の伝達の選択</b></strong></span>：</big>なぜ､どのように発せられたのかという意図などと関わっている出来事のこと｡例：車を買ったと､なぜこちらに伝えてきたのか､という行為遂行的な側面｡※情報の選択(what is uttered)､情報の伝達(why is uttered)と考えるとわかりやすい｡</p>
</div>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong><b>伝達や伝達によって伝えられる情報の選択的な理解あるいは誤解</b></strong></span>：</big>目の前の出来事を情報と伝達の2側面においてとらえるという出来事のこと。</p>
</div>
<p>コミュニケーションとはこのように､ある情報が何らかの意図をもって発されていたと理解されたときに生じる出来事なのである｡情報だとみなされないと単なる体験になり､意図があるとみなされないと単なる独り言であり､コミュニケーションにならない｡情報と伝達の2つの要素があると推定(理解)されなければコミュニケーションにならない｡単なる情報の伝達の完了だけではなく｢なにが､なぜといった聞き手の理解の選択｣までが必要という点が極めて重要である｡</p>
<p>また､<b>情報と伝達が区別可能</b>という点もポイントである｡たとえば電車で会話しているカップルがいるとして､情報は理解可能だが､第三者に対する意図を理解できない場合､それは単なる情報の伝達であり､第三者とのコミュニケーションは生じない｡もちろん､意図があると理解することも可能であり､第三者とのコミュニケーションが生じることもありうる｡</p>
<p>｢推定｣という点が重要であり､とにかく情報と受け手が推定され､意図があると推定されればいいのであり､送り手が情報であると意識していたり､意図をもっている必要は必ずしもない｡政治家の発言をもとに情報や意図がありとあらゆる人間に解釈され､コミュニケーションが生じ､さらに別のコミュニケーションを生じさせていくことを考えるとわかりやすい｡</p>
<p>たとえば木がこちらに倒れてきて､｢木は私を攻撃しようとして倒れてきた｣というような｢伝達｣として(普通は)考えない(もし考えるなら木とコミュニケーション可能である)｡｢<i>車を買った</i>｣と友人が伝えてきた場合は､自慢かもしれない｡あるいは送り迎えをしてあげるという意味かもしれない｡あるいは､本人は特別な意図がないかもしれない｡</p>
<p>しかしなんらかの｢推定｣､つまり｢理解｣を意識的にか無意識的に､我々は行っている｡その理解がきわめて的外れで常識はずれの場合はコミュニケーションの衝突が生じるかもしれないが､ほとんどの場合はどうにかなっている(行為調整されている)｡またそのようにする仕組みもさまざまな形で存在する｡貨幣や言語もそのひとつである｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-1/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(前編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-2/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(中編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-3/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(後編)</a></p>
<h4><span id="toc13">(1) ルーマンにとって｢理解｣とは､｢送り手が伝達したいと思った情報がそのまま受け手に伝わる｣ことではない｡</span></h4>
<p>送り手からすれば､自分の意図が相手に正確に理解される保証はないし､相手がなんらかの理解をした時点では正確に理解されたかどうかわからない｡受け手からすれば､送り手の意図を正確に理解できたという保証はないし､自分がなんらかの理解をした時点では正確に理解できたかどうかわからない｡</p>
<p>要するに､<b>お互い､相手の心や頭は覗けない</b>ということである｡現象学的な視点で面白い｡しかし､お互いの心が覗けないのにも関わらず､また､それゆえに､コミュニケーションが成立し､社会秩序が成立しているのである｡このことに素朴に驚いたのがルーマンである｡</p>
<p>たとえば､｢<i>先程の発言はこういう意図でよかったか</i>｣と送り手に確認したり､送り手が｢<i>さっきのはこういう意図だった</i>｣あるいは｢<i>そういう意味じゃないのよ</i>｣と受け手に示すような新しいコミュニケーションが必要になる｡つまり､理解(誤解)したかどうかは<b>コミュニケーションにおいてのみ確定されていく</b>のである(ある人間の理解において確定されるのではない点がきわめてポイントである)｡これもなかなか面白い｡</p>
<p>｢<b>秘密</b>｣があるゆえに人間関係がうまく行くという両義性を主張したジンメルを個人的に思い出すくだりでもある(全て知っているとコミュニケーションを行う動機を失う｡閉じているゆえに開く｡すべて開くと閉じてしまう｡)｡</p>
<p>あるコミュニケーションが創発した時点では､そのコミュニケーションが誤解されたかどうか､誤解しているかどうかはわかりようがない｡誤解かどうか観察するためには､新たなコミュニケーションが必要になる｡ルーマンは意見の一致を理想とするハーバーマス的な態度に批判的であり､｢<b>意見の一致の追求は社会の生命力をそぐ可能性がある</b>｣という立場をとる｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-1/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(前編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-2/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(中編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-3/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(後編)</a></p>
<h4><span id="toc14">(2) ルーマンにとって｢誤解｣とは｢理解｣の一種である｡</span></h4>
<p>たとえば､｢<i>先程の発言はこういう意図でよかったか</i>｣と送り手に確認したり､送り手が｢<i>さっきのはこういう意図だった</i>｣あるいは｢<i>そういう意味じゃないのよ</i>｣と受け手に示すような新しいコミュニケーションが必要になる｡</p>
<p>つまり､理解(誤解)したかどうかはコミュニケーションにおいてのみ確定されていくのである｡これもなかなか面白い｡</p>
<p>あるコミュニケーションが生じた時点では誤解だとはわからないにせよ､なんらかの意図があるとして受け手に｢<b>解釈</b>｣されているわけである｡たとえば｢<i>もう遅い時間だね</i>｣と送り手に言われて受け手は｢<i>自分と一緒にいてあっという間に時間が過ぎてしまったんだなという喜びの表現</i>｣として解釈(了解)したとする｡</p>
<p>それで受け手は｢<i>次はあの店に行こう</i>｣と誘うが､送り手は｢<i>もう帰らなきゃ</i>｣と返すとする｡そこで受け手は､｢さっきの発言は帰りたいという意味だったのか｣と自分の誤解に気づくわけである｡発話の情報だけではなく､それを包み込む人間関係や文化､直観などあらゆるものが動員されて解釈されるという点も重要になる(この意味で語用論的である)｡</p>
<p>このように､後になって誤解だとわかるにせよ､その時点では一定の推定のもとで送り手の情報と伝達の差異を観察し､理解しているという点には変わりがない｡明らかに誤解だとある時点において認識しているわけではなく､理解したつもりになっているのである｡</p>
<p>また､誤解だと後でわかったつもりになっているが､じつは誤解ではないかもしれない｡｢<i>もう帰らなきゃ</i>｣という言葉が帰りたくないという意味かもしれない｡他者の全てを了解することはなかなか難しく､不確定である(本人でさえ､自分の動機を正しく理解していないかもしれない)｡しかし不確定であるゆえにコミュニケーションが連鎖していくのであり､その連鎖を安定させようという力も働くのであるといえる｡</p>
<p>それゆえに､誤解とは理解の一種であり､誤解も理解も<b>次のコミュニケーションへと接続するコミュニケーションの要素</b>であるといえる｡このようにコミュニケーションが連鎖していくこと､そしてその連鎖の全体が｢社会システム｣なのである｡</p>
<p>連鎖が終われば社会システムも消えるのである｡売買が社会のどこかで連鎖しているからこそ､世界規模で経済システムは存在(偏在)しているのである｡もし世界で誰も貨幣(に相当するメディア)を使わない瞬間があるとすれば､経済システムはその間存在しないかもしれない(単純化するとだが)｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-1/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(前編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-2/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(中編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-3/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(後編)</a></p>
<h4><span id="toc15">(3) コミュニケーションだけがコミュニケーションできる｡人間はコミュニケーションできない｡</span></h4>
<p>まず､｢<b>人間はコミュニケーションできない</b>｣という主張に我々は違和感を覚えるだろう｡なぜなら田中さんは鈴木さんとコミュニケートした､田中さんはコミュニケーション能力が高いといった言い方を日常でしているからである｡</p>
<p>つまり､コミュニケーションをするのは｢<b>主体である人格を持った人間</b>｣という日常感覚をわれわれはもっている｡</p>
<p>ハーバーマスもそう考えている(日常感覚だから､という素朴な理由ではなく､おそらくもっと規範的で理論的な理由からだが)｡この日常感覚とルーマンの主張との差異を､比較しつつ違和感を薄めていく作業が必要になる｡</p>
<p>【1】<b>ルーマンはコミュニケーションに人間は不可欠だと考えている</b>｡</p>
<p>なぜなら､人間､つまり生命システムや意識システムがなければコミュニケーションシステムが基本的には成り立たないからである｡それゆえに､｢人間がコミュニケーションしない｣ことは｢人間がいかなるかたちでも関わらない｣ということを意味しない｡別の言い方をすれば､ルーマンは人間はコミュニケーションに間接的に関わると考えている｡</p>
<p>井庭崇さんの喩えでいえば､植物は太陽でできているわけではないが､太陽がなければ生きていくことができないのと同じである｡</p>
<p>社会システムは人間がいなければ生きていく(維持､再生産する)ことができない｡それゆえに､人間がコミュニケーションをする主体ではないからといって､人間が関わらないということではない｡ここでいう人間とは主に人間の意識や人格性といった､心理システム的なものを意味するのであり､こうした意識は社会システムにとっては環境にすぎず､前提条件にすぎない｡</p>
<p>たとえるならボールは私が投げなかったら飛ばなかったかもしれないが､飛んだボールは私ではなく､また私の意識によって直接的に制御でき､作動しているものではない｡</p>
<p>私の意識を離れてボールは他のボールへぶつかり､跳ね返り､また別のボールへとぶつかるといった自律的な作動をしはじめるわけである｡このたとえをすると､神と人間の話を思い出してしまう｡神はなんらかの目的(たとえばエデンの園の管理など)で人間を創造したが､自由意志という禁断の果実を食べ､人間は神の手を離れて自分勝手に生き始めるという比喩だ｡コミュニケーションは人間を離れて自律的に展開していくのであり､ひどい勘違いをされてもはや別物になっていることもある｡</p>
<p>【2】ルーマンは｢<b>コミュニケーションがわたしたち人間の意のままになることはほとんどない</b>｣と考えている｡</p>
<p>もちろん我々の日常感覚的にも､自分の意図が完璧に相手に伝わるとか､相手の意図を完璧に理解できるとは思っていないだろう｡そうした｢意のままにならなさ｣とは少し違う｡ルーマンが言っているのは､｢<b>コミュニケーションが創発的であり､いずれかの個体としての人間には還元できない</b>｣という意味での｢意のままにならなさ｣である｡</p>
<p>たとえばサッカーチームではひとりひとりの能力以上のものがチームワークによって生じることがある｡みんなでアイデアを出し合って､一人では出せない､それぞれの単なる集積以上の｢何か｣が生じることがある｡</p>
<p>部分の寄せ集め以上の何か､部分には還元できない何かの性質を｢<b>創発性</b>｣という｡コミュニケーションは創発する出来事なのである｡</p>
<p>重要なのは｢人間がコミュニケーションする｣というのもひとつの解釈の視点であり､｢コミュニケーションがコミュニケーションする｣というのもひとつの解釈の視点であるということである｡<b>同じ事態を違う枠組みで分析している</b>のである｡ルーマンの社会学は｢<b>ほかであり得る可能性</b>(偶発性)｣を提供するという発想を大事にする｡社会システム理論はそのための道具にすぎない､発見ツールであるとさえルーマンはいう｡</p>
<p>問題は解釈の視点の変更においてルーマンがどういう｢<b>理解のボーナス</b>｣をもたらしたいかという点である｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-1/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(前編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-2/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(中編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-3/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(後編)</a></p>
<h4><span id="toc16">なぜルーマンはヒューマニズム的な立場に批判的なのか</span></h4>
<p>ルーマンは<b>人間中心的な立場</b>をとっている主張や理論に批判的である｡一旦冷静になろう､という趣旨の強調だともいえる｡なぜだろうか｡この理由を通して､理解のボーナスが見えてくる｡また､ハーバーマスとの違いが見えてくる｡</p>
<p>【1】｢<b>人間中心的な立場をとると人を誤らせるから</b>｣だという｡</p>
<p>たとえば人間がコミュニケーションをコントロールできると考えてしまうと､コミュニケーションが人間の意のままになる､人間に還元できると考えてしまうようになる｡</p>
<p>しかし実際は人間には還元できない創発的な現象であり､そのことを踏まえて物事を分析する必要がある｡</p>
<p>この意味で､ハーバーマス的な意味での戦略的行為を単に推奨しているわけではないという点が重要だろう｡また､戦略的行為は人間の思考能力に依存したものであるという意味で評価しないとはいえるかもしれない｡</p>
<p>コミュニケーション的行為も戦略的行為も､｢<b>人間的な合理性</b>｣に依存(あるいは期待)している､個々人の意図が強く関係するという意味で人間中心主義的なのである｡</p>
<p>｢システム的合理性｣と｢人間的合理性｣を区別する必要があるのであり､ルーマンからすれば戦略的行為だからといってシステム的合理性が発揮されているとは限らないのである｡</p>
<p>【2】理論的な意味で､そもそも人間はコミュニケーションシステムの外部(環境)だからである｡</p>
<p>コミュニケーションシステムはコミュニケーションのみが作動と再生産に関わる要素であり､人間(意識､人格､理性など)がとって代わることはできない｡</p>
<p>【3】ルーマンは規範的な立場としてヒューマニズムに懐疑的である｡</p>
<p>なぜなら､人間の主体性を基礎とする理論で｢<b>簡単にイデオロギー的に悪用されてしまうから</b>｣だという｡たとえばある理論が｢人間は主体的に､理性を通して〇〇の方向に発展していくべきであり､それが最善の道である｣と主張すると､そのためにはそれらに反するものを抑圧しても構わないという態度につながるかもしれない｡人間中心的な理論は柔軟さを失いがちなのだろう｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/0b1a34dabb0c600ebe6b74556aeec980.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter  wp-image-5496" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/0b1a34dabb0c600ebe6b74556aeec980.png" alt="" width="147" height="296" /></a></p>
<p>社会学者のカール･マンハイムが｢民主主義の基本的価値観(基本的な同調性)を侵害し､破壊するものにたいしてのみ､戦闘的になる｣という｢<b>戦闘民主主義</b>｣に基づいた自由のための計画を主張したが､これもルーマンからすれば危険なのかもしれない(詳細は基礎社会学第三十三回参照)｡</p>
<p>ハーバーマスもマンハイムと同じく､基本的で普遍的な価値(討議倫理)を模索しようとしている｡ルーマンからすればその時代ごと､状況ごとの秩序を手探りで､そしてシステム論を通して見つけていくほかなく､冷静に､柔軟にやっていくべきだということになるのだろう(社会学的啓蒙)｡</p>
<p>ルーマンからすれば他の誰かの主張や態度を批判できる絶対的な地点などない､中心などないということになる｡｢虚偽意識である､間違っている｣と誰かが誰かを批判したとして､<b>その批判が虚偽意識でない､間違っていないとどうしていえるのか</b>､その根拠は最終的な地点なのか｡</p>
<p>絶対的で普遍的な正誤や善悪はわからないが､あるシステムの維持や機能の出力のためにある作動が効率的かどうか､他の作動のあり方で代わりうるかどうかは近似的に記述できるといった技術屋的な立場をルーマンはとっているようにみえる｡人々が奪い合うよりも奪い合わないほうが食料品などがよく生産できるならば､奪い合わない方が効率的だ､といったように考えていくのであり､善い/悪い､理性的/非理性的では考えない｡あえていえば｢<b>問題解決能力でありうる選択肢を提案し､比較する</b>｣といったイメージとなる(比較社会学)｡</p>
<p>しかしハーバーマスからすれば､間違ったものを間違っていると批判できなければこの世界は崩壊に向かっていくということになるのだろう｡｢<b>批判の基礎づけ</b>｣をハーバーマスは行おうとするのである｡その場その場の妥当な足場を模索していくという態度すら､なんらかの大きな足場がないと難しいのではないかというわけである｡</p>
<p>ルーマン的な立場は仮に間違った社会のあり方があるとすれば､それを加速しかねない危険なものとしてハーバーマスには見えるのである｡つまり､ハーバーマスはルーマンを保守主義だとみなしているのである｡ちなみにパーソンズも保守主義であると批判されることが多かった｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/fe132e71e5511d9ca83e9067789971eb.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-5498" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/fe132e71e5511d9ca83e9067789971eb.png" alt="" width="831" height="500" srcset="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/fe132e71e5511d9ca83e9067789971eb.png 831w, https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/fe132e71e5511d9ca83e9067789971eb-800x481.png 800w" sizes="(max-width: 831px) 100vw, 831px" /></a></p>
<p>・社会システムのイメージ図</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-1/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(前編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-2/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(中編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-3/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(後編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2023/07/21/karl-mannheim-3/">【基礎社会学第三十三回】カール・マンハイムの「甲羅のない蟹」とはなにか</a></p>
<h2><span id="toc17">参考文献リスト</span></h2>
<h3><span id="toc18">今回の主な文献</span></h3>
<h4><span id="toc19">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/4bLm8sZ">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></p>
<h4><span id="toc20">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/41drQ0B">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></p>
<h3><span id="toc21">汎用文献</span></h3>
<h4><span id="toc22">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3IppNe8">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></p>
<h4><span id="toc23">大澤真幸「社会学史」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3CUbL3f">大澤真幸「社会学史」</a></p>
<h4><span id="toc24">新睦人「社会学のあゆみ」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3LG8hpn">新睦人「社会学のあゆみ」</a></p>
<h4><span id="toc25">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00IR44T26/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=B00IR44T26&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=f2712c443f380f792438b51627b4e2de" target="_blank">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる！</a></p>
<h4><span id="toc26">アンソニー・ギデンズ「社会学」</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4880593508/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4880593508&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=009f3e2b26ad145fcf5b5b9af985ac34" target="_blank">社会学 第五版</a></p>
<h4><span id="toc27">社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641053898/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641053898&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=72d8061762b43ee3cf228bc6f94281a1" target="_blank">社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)</a></p>
<h4><span id="toc28">クロニクル社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641120412/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641120412&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=70dbea010ff34843c3a086a108837a11" target="_blank">クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)</a></p>
<h4><span id="toc29">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4833423111/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4833423111&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=12c6523e52a8ad8c7f6186f2a7e8638b" target="_blank">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></p>
<h3><span id="toc30">参考論文</span></h3>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (上)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/616/files/nagano_14-04-03.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/567/files/nagano_15-01-08.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (下)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/582/files/nagano_15-03-05.pdf">URL</a>]</p>
<p>嘉目道人｢発語媒介効果の不可逆性とフィクションの倫理的責任｣(2020)</p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>【１ワード社会学第十三回(34)】社会学における｢システム｣</title>
		<link>https://souzouhou.com/2026/04/06/habermas-34-theory-of-communicative-action/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[蒼村]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 06 Apr 2026 12:36:15 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ユルゲン・ハーバーマス]]></category>
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					<description><![CDATA[目次 動画での説明はじめに社会学とはなにか記事の分割(7)[E]システム関連[7-1]社会学における｢システム｣の捉えられ方社会学における｢システム｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説｢システム｣と｢構造｣の違い参 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-6" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-6">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">動画での説明</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">はじめに</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">社会学とはなにか</a><ol><li><a href="#toc4" tabindex="0">記事の分割</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">(7)[E]システム関連</a><ol><li><a href="#toc6" tabindex="0">[7-1]社会学における｢システム｣の捉えられ方</a><ol><li><a href="#toc7" tabindex="0">社会学における｢システム｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</a></li><li><a href="#toc8" tabindex="0">｢システム｣と｢構造｣の違い</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">参考文献リスト</a><ol><li><a href="#toc10" tabindex="0">今回の主な文献</a><ol><li><a href="#toc11" tabindex="0">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></li><li><a href="#toc12" tabindex="0">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></li></ol></li><li><a href="#toc13" tabindex="0">汎用文献</a><ol><li><a href="#toc14" tabindex="0">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">大澤真幸「社会学史」</a></li><li><a href="#toc16" tabindex="0">新睦人「社会学のあゆみ」</a></li><li><a href="#toc17" tabindex="0">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</a></li><li><a href="#toc18" tabindex="0">アンソニー・ギデンズ「社会学」</a></li><li><a href="#toc19" tabindex="0">社会学</a></li><li><a href="#toc20" tabindex="0">クロニクル社会学</a></li><li><a href="#toc21" tabindex="0">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></li></ol></li><li><a href="#toc22" tabindex="0">参考論文</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">動画での説明</span></h2>
<div class="video-container"><iframe class="fastyt" width="300" height="169" data-src="////www.youtube.com/embed/_AcfFofw1cM" data-alt="動画の説明" data-mce-fragment="1"><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span></iframe></div>
<p>よろしければサイト維持のためにチャンネル登録をよろしくお願いしますm(_ _)mモチベになっていますm(_ _)m</p>
<h2><span id="toc2">はじめに</span></h2>
<h3><span id="toc3">社会学とはなにか</span></h3>
<p>社会学とは､｢<b>社会を対象とする学問</b>｣のことである｡そして社会とは基本的に｢<b>人々の社会的行為の相互作用の集まり</b>｣を意味する｡</p>
<p>なぜ社会学が存在するのかについては多種多様な立場があるが､根本的には｢<b>社会を分析し､よりよい社会へ導くため</b>｣だといえる｡社会とはなにか､どう変動していくのかという事実判断やどうあるべきかという価値判断の両方のバランスをとる必要のある学問である｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/11/27/durkheim-4-1/">【基礎社会学第三六回(1)】エミール･デュルケムの社会学とはなにか､学ぶ意味や価値はあるのか</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4898" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png" alt="" width="599" height="474" /></a></p>
<p>この動画チャンネルシリーズは創造発見学に位置づけられている｡要するに､<b>アイデアをひらめくための情報を学ぼう</b>というわけである｡ビジネス､友人関係､学業､さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい｡</p>
<p>できるだけ<b>１ワード</b>に説明する対象を絞っていく｡</p>
<h4><span id="toc4">記事の分割</span></h4>
<p>(準備中)</p>
<h2><span id="toc5">(7)[E]システム関連</span></h2>
<h3><span id="toc6">[7-1]社会学における｢システム｣の捉えられ方</span></h3>
<h4><span id="toc7">社会学における｢システム｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</span></h4>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong>(一般的な)<b>システム</b></strong></span>：</big>｢ある要素が一定の仕方で相互に関係している存在｣のこと｡｢多数の要素もしくは複数の部分が寄り集まってひとつのまとまりを形成する様態｣のこと｡</p>
</div>
<p>※この項目は応用社会学第一回(ルーマン)や基礎社会学第三十五回(マートン)で扱っている内容の復習である｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/09/05/niklas-luhmann-1-1/">応用社会学第一回:「社会システム理論は楽しい」(前編)</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/03/12/robert-king-merton-2/">【基礎社会学第三十五回】ロバート・K・マートンの実証的機能分析とはなにか</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2022/09/26/talcott-parsons-5/">【基礎社会学第二十八回】タルコット・パーソンズのAGIL図式とはなにか</a></p>
<p>たとえば工場で機械同士がある一定の仕方で関連し合い､から揚げが造られているとする｡</p>
<p>このような光景を見て､｢<i>システマティックですね</i>｣などと日常では言う場合がある｡一方で手作業でから揚げを作っているような場合においても､どう作業するかが場当たり的､衝動的､思いつきではなく､規則正しく効率的で自動的な場合も｢<i>システマティックですね</i>｣と日常的にはいう｡一定の原理や手順に従っていることを意味するのである｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/2026-03-09_3-48-20.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter  wp-image-5488" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/2026-03-09_3-48-20.png" alt="" width="119" height="174" /></a></p>
<p>日常ではシステムといえば｢機械的だ､効率的､自動的だ､便利だ､非人間的だ､技術的だ｣という工学的なニュアンスが強い｡</p>
<p>実際､ルーマンの立場をハーバーマスは｢<b>社会工学</b>｣とラベリングしている(ルーマンはこうしたラベリングをよしとはしていないが)｡</p>
<p>たとえば従来の社会学では｢２人以上の人間の心理的相互作用によって成り立っている(ジンメル)｣とか､｢行為や役割の相互関係によって成り立っている(ウェーバー､パーソンズ)｣とか､そうしたとらえ方で｢<b>社会的なもの</b>(≒システム)｣が考えられていた｡</p>
<p>社会学は社会を分析対象とする学問であり､ほとんどの場合､その社会はなんらかのシステムとして考えられているのである(システムをゆるく考えれば考えるほどそうなる)｡ハーバーマスは生活世界と社会システムを強い意志をもって峻別しようとしたが､ルーマンからすれば生活世界もシステムなのである｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,151p</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,101p</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,121p</p>
</blockquote>
<h4><span id="toc8">｢システム｣と｢構造｣の違い</span></h4>
<p>社会学者の溝部明男さんはシステムと構造は異なる概念であるとし､以下のように定義している(詳細は基礎社会学第二十八回の動画を参照)｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2022/09/26/talcott-parsons-5/">【基礎社会学第二十八回】タルコット・パーソンズのAGIL図式とはなにか</a></p>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong><b>システム</b></strong></span>：</big>相互に関係をもつ構成要素からなるひとまとまりの全体であり､その全体はその環境に対して､境界を維持してゆく能力を持つもの｡</p>
</div>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong>構造</strong></span>：</big>システムの部分､構成要素､あるいはそれらの相互の関係のうちで､変化しやすいものを除いた定常的な部分､構成要素､相互関係のこと｡</p>
</div>
<p>社会学者の友枝敏雄さんによると､｢構造｣概念はさらに二つの意味に分けられるという｡</p>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong><b>パターンとしての構造</b></strong></span>：</big>・「地位-役割」間の関係および社会資源配分の定型化されたパターン｡パターン化された相互行為のまとまりである｡たとえば医者の患者に対して平等に接する傾向など｡</p>
</div>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong><b>規則としての構造</b></strong></span>：</big>「地位-役割」間の関係その他の定型化されたパターンを生み出す原理あるいは規則｡規範､伝統などもここにあたる｡たとえば普遍主義や個人主義､業績主義などの規範である｡</p>
</div>
<p>たとえばパーソンズは構造を､社会システムの諸部分のうち｢定常的な部分｣を指すとしている｡いわば相互行為がパターン化されているケースである｡たとえばパターン変数などはパーソンズが構造を扱う際に扱った概念である(詳細は基礎社会学第二十三回参照)｡</p>
<p>たとえばアメリカでは普遍主義的な選択が重視され､中国では個別主義的な選択が重視されるといったイメージである｡特定のパターン(型)を導くような｢文化､共通の価値規範｣があり､それらは選択的な志向の基準を個人に提供するというわけである(それゆえに社会システムが安定するわけである)｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2022/06/13/talcott-parsons-4/">【基礎社会学第二十三回】タルコット・パーソンズの「パターン変数」とはなにか</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/41254061457289cc2ac69db08bffdb24.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-5489" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/41254061457289cc2ac69db08bffdb24.png" alt="" width="884" height="503" srcset="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/41254061457289cc2ac69db08bffdb24.png 884w, https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/41254061457289cc2ac69db08bffdb24-800x455.png 800w" sizes="(max-width: 884px) 100vw, 884px" /></a></p>
<p>デュルケムの場合はこのようなイメージとなる｡社会における構造が可視化されたものが法であったり統計であったりするわけである｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/12/17/durkheim-5-1/">【基礎社会学第三七回(1)】エミール･デュルケムの｢社会的事実を物のように考察せよ｣を解説</a></p>
<h2><span id="toc9">参考文献リスト</span></h2>
<h3><span id="toc10">今回の主な文献</span></h3>
<h4><span id="toc11">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/4bLm8sZ">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></p>
<h4><span id="toc12">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/41drQ0B">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></p>
<h3><span id="toc13">汎用文献</span></h3>
<h4><span id="toc14">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3IppNe8">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></p>
<h4><span id="toc15">大澤真幸「社会学史」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3CUbL3f">大澤真幸「社会学史」</a></p>
<h4><span id="toc16">新睦人「社会学のあゆみ」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3LG8hpn">新睦人「社会学のあゆみ」</a></p>
<h4><span id="toc17">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00IR44T26/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=B00IR44T26&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=f2712c443f380f792438b51627b4e2de" target="_blank">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる！</a></p>
<h4><span id="toc18">アンソニー・ギデンズ「社会学」</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4880593508/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4880593508&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=009f3e2b26ad145fcf5b5b9af985ac34" target="_blank">社会学 第五版</a></p>
<h4><span id="toc19">社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641053898/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641053898&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=72d8061762b43ee3cf228bc6f94281a1" target="_blank">社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)</a></p>
<h4><span id="toc20">クロニクル社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641120412/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641120412&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=70dbea010ff34843c3a086a108837a11" target="_blank">クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)</a></p>
<h4><span id="toc21">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4833423111/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4833423111&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=12c6523e52a8ad8c7f6186f2a7e8638b" target="_blank">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></p>
<h3><span id="toc22">参考論文</span></h3>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (上)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/616/files/nagano_14-04-03.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/567/files/nagano_15-01-08.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (下)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/582/files/nagano_15-03-05.pdf">URL</a>]</p>
<p>嘉目道人｢発語媒介効果の不可逆性とフィクションの倫理的責任｣(2020)</p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>【１ワード社会学第十三回(33)】アーレントの｢差異性｣</title>
		<link>https://souzouhou.com/2026/04/05/habermas-33-theory-of-communicative-action/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[蒼村]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 05 Apr 2026 11:14:36 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ユルゲン・ハーバーマス]]></category>
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					<description><![CDATA[目次 動画での説明はじめに社会学とはなにか記事の分割(6)[D]生活世界関連[6-11]アーレントの｢差異性｣アーレントにおける｢差異性｣とは参考文献リスト今回の主な文献J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-8" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-8">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">動画での説明</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">はじめに</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">社会学とはなにか</a><ol><li><a href="#toc4" tabindex="0">記事の分割</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">(6)[D]生活世界関連</a><ol><li><a href="#toc6" tabindex="0">[6-11]アーレントの｢差異性｣</a><ol><li><a href="#toc7" tabindex="0">アーレントにおける｢差異性｣とは</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc8" tabindex="0">参考文献リスト</a><ol><li><a href="#toc9" tabindex="0">今回の主な文献</a><ol><li><a href="#toc10" tabindex="0">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></li><li><a href="#toc11" tabindex="0">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></li></ol></li><li><a href="#toc12" tabindex="0">汎用文献</a><ol><li><a href="#toc13" tabindex="0">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></li><li><a href="#toc14" tabindex="0">大澤真幸「社会学史」</a></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">新睦人「社会学のあゆみ」</a></li><li><a href="#toc16" tabindex="0">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</a></li><li><a href="#toc17" tabindex="0">アンソニー・ギデンズ「社会学」</a></li><li><a href="#toc18" tabindex="0">社会学</a></li><li><a href="#toc19" tabindex="0">クロニクル社会学</a></li><li><a href="#toc20" tabindex="0">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></li></ol></li><li><a href="#toc21" tabindex="0">参考論文</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">動画での説明</span></h2>
<div class="video-container"><iframe class="fastyt" width="300" height="169" data-src="////www.youtube.com/embed/_AcfFofw1cM" data-alt="動画の説明" data-mce-fragment="1"><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span></iframe></div>
<p>よろしければサイト維持のためにチャンネル登録をよろしくお願いしますm(_ _)mモチベになっていますm(_ _)m</p>
<h2><span id="toc2">はじめに</span></h2>
<h3><span id="toc3">社会学とはなにか</span></h3>
<p>社会学とは､｢<b>社会を対象とする学問</b>｣のことである｡そして社会とは基本的に｢<b>人々の社会的行為の相互作用の集まり</b>｣を意味する｡</p>
<p>なぜ社会学が存在するのかについては多種多様な立場があるが､根本的には｢<b>社会を分析し､よりよい社会へ導くため</b>｣だといえる｡社会とはなにか､どう変動していくのかという事実判断やどうあるべきかという価値判断の両方のバランスをとる必要のある学問である｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/11/27/durkheim-4-1/">【基礎社会学第三六回(1)】エミール･デュルケムの社会学とはなにか､学ぶ意味や価値はあるのか</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4898" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png" alt="" width="599" height="474" /></a></p>
<p>この動画チャンネルシリーズは創造発見学に位置づけられている｡要するに､<b>アイデアをひらめくための情報を学ぼう</b>というわけである｡ビジネス､友人関係､学業､さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい｡</p>
<p>できるだけ<b>１ワード</b>に説明する対象を絞っていく｡</p>
<h4><span id="toc4">記事の分割</span></h4>
<p>(準備中)</p>
<h2><span id="toc5">(6)[D]生活世界関連</span></h2>
<h3><span id="toc6">[6-11]アーレントの｢差異性｣</span></h3>
<h4><span id="toc7">アーレントにおける｢差異性｣とは</span></h4>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/767a633c3161e539ce588b61277a0d7b.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter  wp-image-5482" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/767a633c3161e539ce588b61277a0d7b.jpg" alt="" width="184" height="303" /></a></p>
<p>ハンナ･アーレントはドイツ出身のアメリカの政治学者である｡代表作は『全体主義の起源』(1951)である｡</p>
<p>ハーバーマスはアーレントを参照することが多く､影響を強く受けているとされている｡</p>
<p>たとえばアーレントは労働(生命維持のための営み)や仕事(生活向上のための営み)は私的領域であるという｡それに対して言葉によって他者へ働きかける営み(活動)は公的領域であり､活動をより重視している｡</p>
<p>古代ギリシアではそのように区別されていたが､近代以降では自由な言論空間が消失し､労働が公的領域まで拡大していったという｡労働の価値が過度に重視され､人びとは有用性や効率性においてあらゆる活動を判断され､人間の本来的なあり方が見失われてしまったという｡</p>
<p>今まで整理してきたハーバーマスの道具的行為とコミュニケーション的行為の区別､近代化に伴う生活世界の植民地化が起きているというハーバーマスの主張とアーレントの主張は類似している｡</p>
<p>また､アーレントのいう公的領域の喪失はハーバーマスの最初期の著作である『公共性の構造転換』と強く類似してる｡たとえばコーヒーハウスが廃れて､人びとが討議し合う場所(公共圏)がなくなってきたことに危機をハーバーマスは感じていた｡</p>
<p>アーレントが強調するのは｢<b>差異性</b>｣であり､人々の価値観･ライフスタイルの多様性である｡日本でいうと金子みすゞの｢皆違って､みんないい｣というフレーズを私は思い出す｡｢全体主義｣が徹底されている社会では差異性や多様性はほとんど重視されない｡</p>
<p>たとえばナチスにおいては､従わないと反逆罪として処刑されることもあった｡アーレントはユダヤ人であり､ナチスから逃れてアメリカへ亡命している｡</p>
<p>多様性が発揮されるためには､効率性や生産性といった尺度だけが基準であってはならない｡</p>
<p>また､権力によって過剰に発言や態度が抑制されるような状況も好ましくない｡これはハーバーマスのいう理想的対話状況や無傷の間主観性と強く重なる概念である｡</p>
<p>もちろん自由な討論といっても､｢それぞれがそれぞれの価値観において利己的で本能的､一方的に意見を出し合う｣というのは理想的な状態ではないという｡そのような討論では合意に達することはできないからである｡単に個性や自由､多様性が無条件に､無規定に推奨されているのではない｡</p>
<p>つまり､差異性には一定の制約があるということになる｡アーレントによれば､各人はできるだけ<b>普遍性のある判断</b>をこころがけるべきだという｡多様な他者を想定し､できるだけ中立的な立場に身をおいて､個人的な利害を超えて思考し､そのうえで意見を出し合うというわけである｡</p>
<p>他者の役割取得という意味でミードの｢<b>一般化された他者</b>｣をここでは想定していいだろう｡あるいはデュルケムが述べたように､社会の秩序に関わる範囲での自由や個性､多様性が許容されると考えてもいいのかもしれない｡</p>
<p>そのような素晴らしい能力が人間にはあるのか｡そもそもなぜ強い立場にいる人が弱い立場にいる人のことを考慮しなければならないのか｡そうした問題は山積みである｡</p>
<p>ウェーバー的にいえば｢冷静にかつ情熱的に｣といった相矛盾する要求ともいえるような難しい問題だと言えるのではないだろうか｡</p>
<p>｢現実と理想のバランスが大事だ｣と口でいうのは簡単だが､しかしどの尺度においてそれがバランスを保っていて､望ましいといえるのだろうか｡</p>
<p>たとえば社会学者のウルリッヒ･ベックがリスク社会で述べたようなことを考えると､弱い立場にいる人を放置しておくことは社会全体にとって｢<b>危険</b>(リスク)｣であると考えることもできる｡</p>
<p>もはや｢<b>そんなことは私の問題ではない､慈善の問題である</b>｣と自己中心的になっていられない社会になっているともいえる(単なる配慮の問題ではなくなってきている)｡テロや核兵器は一部の人だけにふりかかる危険ではないのである｡また､一部の社会だけにふりかかると単純に考えられなくなるほど､世界は相互に関わり合ってしまっているのであり(グローバル化)､技術は発達してしまっている｡</p>
<blockquote>
<p>特に参考にしたページ</p>
<p>大澤真幸,｢社会学史｣,講談社現代新書,第二刷,528-529p</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,257p</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,279p</p>
<p>山竹伸二｢本当にわかる哲学｣,220-223p</p>
<p>竹田青嗣｢哲学入門｣,160-165p</p>
</blockquote>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/52d671a485f715d52e7ae9c5f9bc2a74.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-5483" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/52d671a485f715d52e7ae9c5f9bc2a74.png" alt="" width="746" height="396" /></a></p>
<p>他者の視点をとることができる能力については心理学者であるアルフレッド･アドラーの理論を考慮すると気づきが多いと考える｡</p>
<p>※アドラーの動画(創造法第四回)で使用した図だけを乗せておく｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/d59b8a8343befb3a35d9877b853f3d3c.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-5484" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/d59b8a8343befb3a35d9877b853f3d3c.jpg" alt="" width="908" height="562" srcset="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/d59b8a8343befb3a35d9877b853f3d3c.jpg 908w, https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/d59b8a8343befb3a35d9877b853f3d3c-800x495.jpg 800w" sizes="(max-width: 908px) 100vw, 908px" /></a></p>
<p>こちらもアドラー関連の図｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/05/01/creation-discovery-studies-3-adler-7/">創造発見学第三回:「アドラー心理学と創造性」(７)アドラー心理学の哲学(共同体感覚)とはなにか</a></p>
<h2><span id="toc8">参考文献リスト</span></h2>
<h3><span id="toc9">今回の主な文献</span></h3>
<h4><span id="toc10">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/4bLm8sZ">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></p>
<h4><span id="toc11">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/41drQ0B">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></p>
<h3><span id="toc12">汎用文献</span></h3>
<h4><span id="toc13">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3IppNe8">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></p>
<h4><span id="toc14">大澤真幸「社会学史」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3CUbL3f">大澤真幸「社会学史」</a></p>
<h4><span id="toc15">新睦人「社会学のあゆみ」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3LG8hpn">新睦人「社会学のあゆみ」</a></p>
<h4><span id="toc16">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00IR44T26/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=B00IR44T26&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=f2712c443f380f792438b51627b4e2de" target="_blank">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる！</a></p>
<h4><span id="toc17">アンソニー・ギデンズ「社会学」</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4880593508/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4880593508&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=009f3e2b26ad145fcf5b5b9af985ac34" target="_blank">社会学 第五版</a></p>
<h4><span id="toc18">社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641053898/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641053898&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=72d8061762b43ee3cf228bc6f94281a1" target="_blank">社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)</a></p>
<h4><span id="toc19">クロニクル社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641120412/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641120412&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=70dbea010ff34843c3a086a108837a11" target="_blank">クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)</a></p>
<h4><span id="toc20">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4833423111/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4833423111&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=12c6523e52a8ad8c7f6186f2a7e8638b" target="_blank">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></p>
<h3><span id="toc21">参考論文</span></h3>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (上)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/616/files/nagano_14-04-03.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/567/files/nagano_15-01-08.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (下)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/582/files/nagano_15-03-05.pdf">URL</a>]</p>
<p>嘉目道人｢発語媒介効果の不可逆性とフィクションの倫理的責任｣(2020)</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://souzouhou.com/2026/04/05/habermas-33-theory-of-communicative-action/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>【１ワード社会学第十三回(32)】レヴィナスの｢他者論｣</title>
		<link>https://souzouhou.com/2026/04/05/habermas-32-theory-of-communicative-action/</link>
					<comments>https://souzouhou.com/2026/04/05/habermas-32-theory-of-communicative-action/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[蒼村]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 05 Apr 2026 11:10:33 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ユルゲン・ハーバーマス]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://souzouhou.com/?p=5477</guid>

					<description><![CDATA[目次 動画での説明はじめに社会学とはなにか記事の分割(6)[D]生活世界関連[6-10]レヴィナスの｢他者論｣レヴィナスの｢イリヤ｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説レヴィナスの｢他者の顔｣､｢無限なるもの｣とはな [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-10" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-10">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">動画での説明</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">はじめに</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">社会学とはなにか</a><ol><li><a href="#toc4" tabindex="0">記事の分割</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">(6)[D]生活世界関連</a><ol><li><a href="#toc6" tabindex="0">[6-10]レヴィナスの｢他者論｣</a><ol><li><a href="#toc7" tabindex="0">レヴィナスの｢イリヤ｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</a></li><li><a href="#toc8" tabindex="0">レヴィナスの｢他者の顔｣､｢無限なるもの｣とはなにか</a></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">レヴィナスによる｢慈悲｣と｢正義｣の違い</a></li><li><a href="#toc10" tabindex="0">ハーバーマスは普遍的なルールを志向するのか</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc11" tabindex="0">参考文献リスト</a><ol><li><a href="#toc12" tabindex="0">今回の主な文献</a><ol><li><a href="#toc13" tabindex="0">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></li><li><a href="#toc14" tabindex="0">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></li></ol></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">汎用文献</a><ol><li><a href="#toc16" tabindex="0">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></li><li><a href="#toc17" tabindex="0">大澤真幸「社会学史」</a></li><li><a href="#toc18" tabindex="0">新睦人「社会学のあゆみ」</a></li><li><a href="#toc19" tabindex="0">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</a></li><li><a href="#toc20" tabindex="0">アンソニー・ギデンズ「社会学」</a></li><li><a href="#toc21" tabindex="0">社会学</a></li><li><a href="#toc22" tabindex="0">クロニクル社会学</a></li><li><a href="#toc23" tabindex="0">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></li></ol></li><li><a href="#toc24" tabindex="0">参考論文</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">動画での説明</span></h2>
<div class="video-container"><iframe class="fastyt" width="300" height="169" data-src="////www.youtube.com/embed/_AcfFofw1cM" data-alt="動画の説明" data-mce-fragment="1"><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span></iframe></div>
<p>よろしければサイト維持のためにチャンネル登録をよろしくお願いしますm(_ _)mモチベになっていますm(_ _)m</p>
<h2><span id="toc2">はじめに</span></h2>
<h3><span id="toc3">社会学とはなにか</span></h3>
<p>社会学とは､｢<b>社会を対象とする学問</b>｣のことである｡そして社会とは基本的に｢<b>人々の社会的行為の相互作用の集まり</b>｣を意味する｡</p>
<p>なぜ社会学が存在するのかについては多種多様な立場があるが､根本的には｢<b>社会を分析し､よりよい社会へ導くため</b>｣だといえる｡社会とはなにか､どう変動していくのかという事実判断やどうあるべきかという価値判断の両方のバランスをとる必要のある学問である｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/11/27/durkheim-4-1/">【基礎社会学第三六回(1)】エミール･デュルケムの社会学とはなにか､学ぶ意味や価値はあるのか</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4898" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png" alt="" width="599" height="474" /></a></p>
<p>この動画チャンネルシリーズは創造発見学に位置づけられている｡要するに､<b>アイデアをひらめくための情報を学ぼう</b>というわけである｡ビジネス､友人関係､学業､さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい｡</p>
<p>できるだけ<b>１ワード</b>に説明する対象を絞っていく｡</p>
<h4><span id="toc4">記事の分割</span></h4>
<p>(準備中)</p>
<h2><span id="toc5">(6)[D]生活世界関連</span></h2>
<h3><span id="toc6">[6-10]レヴィナスの｢他者論｣</span></h3>
<h4><span id="toc7">レヴィナスの｢イリヤ｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</span></h4>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/31f37ca2684215d1bcd87fe72101da7c.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter  wp-image-5479" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/31f37ca2684215d1bcd87fe72101da7c.jpg" alt="" width="198" height="292" /></a></p>
<p>フランスの哲学者であるレヴィナスはフッサールやハイデガーに影響をうけつつ､人間哲学の基礎は｢<b>他者との関係</b>｣にあるべきだとした｡代表作は『全体性と無限』である｡フッサールとは違ったかたちで｢間主観性｣を考えているという点がポイントになる｡</p>
<p>現象学においてそれ以上なにも言うことができないような根本的な前提を｢<b>原事実</b>｣と表現することを先程学んだ｡しかし原事実に対してわれわれは｢解釈｣を行うことはできる｡</p>
<p>たとえば原時間が我々に贈与され､その地平において自我が構成され､この自我を通して物事を認識していると｢解釈｣することができる｡</p>
<p>ハイデガーにとって原事実とは｢<b>人間がすでに世界の中で存在していること</b>(世界-内-存在)｣である｡そうした世界は我々に常に既に｢贈与｣されているのである｡</p>
<p>我々は言語や身体､文化､理性の能力などを選んで生まれたのではなく､贈与されて生まれてきたのであり､世界に投げ込まれているのである(<b>被投性</b>)｡</p>
<p>時間や空間､他者､文化､物体などの世界と関係しながら常に生きているのであり､そうした根本的な前提において､｢自分とはなにか､自分はどうあるべきか｣を考えることのできる存在(<b>現存在</b>)なのである(生きているだけの動物の存在とは区別される人間特有の存在のあり方)｡</p>
<p>もちろんそうした世界と主体の特定の意味づけ､自我の構成に必然的な関係はないとされる(違うふうに意味づけされていたかもしれないし､自我が構成されなかったかもしれない)｡</p>
<p>一方で､レヴィナスは原事実を｢<b>イリヤ</b>(il y a)｣と解釈する｡フランス語で｢･･･がある｣という意味である｡</p>
<p>たとえば暗闇になにかあると感じるだけであり､それがなにか見えず､意味もなく､倫理性もなく､なにも与えないような無秩序な存在がイリヤのイメージである｡もちろん比喩であり､｢暗闇である｣という意味づけする前のなにものかである｡｢暗闇がある｣､｢空間がある｣､｢空気がある｣と理解できる時点で､それはもはやイリヤではない｡いわば主語を伴わない匿名的存在であるといえる｡｢なにかがある｣が､そのなにかはまとまりをもたず､境界ももたないようななにかなのである｡</p>
<p>たとえば｢私は存在する｣と｢彼は存在する｣は違うものである｡なぜなら､彼が存在するからといって私が存在することにはならないからである｡</p>
<p>私や彼はなんらかのまとまり､意味､アイデンティティーをもった存在だというわけである｡｢暗闇が存在する｣､｢空気が存在する｣も同様である｡そのようなアイデンティティーをもつまえの､あるいはそのような意味づけとして差異づける前､区切る前のなにものか､アイデンティティーをもたない存在一般がイリヤなのである｡たとえるなら端のない白紙に我々は絵を描いて､これは丸だとか三角だといって区別しているようなものである｡白紙はこの意味でなにものでもない､｢<b>存在者の不在の存在</b>｣とでもいうべきものである｡</p>
<p>自我が存在する前は世界との区別がなく､世界と一体となっているような状態だともいえる｡</p>
<p>しかしどういうわけか､人間は自分を世界と区別し､自我をもつようになる｡ハイデガー的にいえば｢必然性なき贈与｣であり､レヴィナス的にいえば｢偶発的な事態｣である｡レヴィナスの説明では､自我はイリヤという匿名的で不快な存在から脱出することによって成立するという｡</p>
<p>たとえば眼の前の｢なにものか｣が友人であり､太陽であり､病原菌であり､猫であり､タワシであり､狼であり､折り紙であるという状況を考えてみる｡</p>
<p>恐ろしく不気味である｡｢なんでもある｣という存在一般は怖いのである｡友人は友人でまとまっていてほしいし､犬は犬でいてほしいのである｡そしてなにより､私は私としてまとまっていてほしい｡レヴィナスによればイリヤとはいわば｢<b>非人称性</b>｣であり､｢不快な存在｣であり､｢不安定で無秩序な存在｣なのである｡</p>
<p>人間はどういうわけかイリヤから偶発的に逃走し､自我を獲得した｡つまり｢<b>私というまとまりは存在する</b>｣という意識を獲得し､｢私以外のそれ､それではなくあれ､あれと似ているこれが存在する｣といった多様な解釈を獲得していくわけである｡</p>
<p>しかしいくら｢それ｣と意味づけし､対象化していっても､｢それらすべてとは違う､なにものでもないもの｣は常に存在(潜在)する｡イリヤが中断されているだけであり､イリヤからの逃走が完了したわけではない｡</p>
<p>人間はイリヤから脱出し､自我を獲得し､自分勝手に世界を区切り､意味づけていく｡｢なんでもありうるもの｣を｢ほかではありえないもの｣に変換していくのである｡ルーマンでいえば｢<b>複雑性の縮減</b>｣を行っていくのであり､ウェーバー的にいえば｢<b>理解</b>｣していくのである｡</p>
<p>しかし自分勝手に意味づけをしたままででは､｢この世界は自分の主観の表れでしかないのではないか｣といった不安定な状態も生じうる｡結局は何でもありであり､制約はなく､勝手に､適当に意味づけているだけであり､｢するべき行為｣や｢あるべき状態｣も不安定なままになる｡｢家畜と友人､AIと私の区別｣すら恣意的な私の解釈に依存してしまう｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>竹田青嗣｢哲学入門｣,166-171p</p>
<p>谷徹「これが現象学だ」,219p</p>
<p>｢哲学用語図鑑｣,266~268p</p>
<p>山竹伸二｢本当にわかる哲学｣,217-220p</p>
<p>小川真未｢レヴィナスの『イリヤ』とレヴィ＝ブリュールの『融即』｣</p>
</blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<h4><span id="toc8">レヴィナスの｢他者の顔｣､｢無限なるもの｣とはなにか</span></h4>
<p>そうした｢なんでもあり(なんでもない)｣の不安な状態からの脱出の際にレヴィナスが重視するのが｢<b>他者の顔</b>｣である｡ここでいう他者とは現代的な意味ではなく､｢何でもありに制限をかけるような命令を発する存在｣ともでいうべきものである｡他者の顔は私に｢殺すな｣と訴えかけてくるのである｡</p>
<p>｢<b>人間は他者の顔を見ると殺せなくなる｡つまり殺すことを倫理的に正当化できなくなる</b>｣というわけである｡レヴィナスによれば､他者の顔が目の前に現れたとき､｢<b>他者性</b>｣が感じられるという｡私の意味づけから逃れてしまう､自分の解釈した世界に取り込めないという意味での｢他者性｣である｡</p>
<p>レヴィナスにとって他者とは｢私｣にとって｢<b>無限なるもの</b>｣であるという｡たとえば｢Xはよくない｣と私が述べたとしても､｢『Xはよくない』ということはよくない｣と否定する可能性を他者はもっている｡</p>
<p>さらに別の他者がそれを否定する可能性をもっているのであり､この作業は理論的には無限に続けることができる｡私が世界をなんらかの形で解釈したり記述しても､その囲いに含まれないものが無限に存在しうるのである｡</p>
<p>｢なんでもあり｣だと私が述べたとしても､｢なんでもありではない｣､｢こうであるべきだ｣と否定してくる他者もいる｡｢殺してもいいし､殺さなくてもいい､なんでも自由だ｣と私が考えたとしても､他者の顔は｢殺すなかれ｣と迫ってくる｡</p>
<p>人間は他者の顔を見たときに､そこで了解不可能性を認識すると同時に､他者の顔から｢殺すな｣というメッセージも読み取るという｡｢なんでもあり､殺したっていい｣という状態ではいられないのである｡この話と直接的には関係ないが､建築家のアレグザンダーが｢赤ん坊の笑顔のような建築｣を美の例に出していたことを私は思い出してしまう｡原初的な｢こうであるべきだ｣というものとして顔は大事なのかもしれない｡</p>
<p>我々は他者の意識を完全に了解することはできない｡他者は私の理解を超えた存在､無限で超越的な存在なのであるという｡普遍性や全体性､本質性を志向して人間(他者)をわかったつもりになること､自分の主観の世界に周りのすべてを包摂できると思い込むこと､絶対的な｢真理やルール､倫理｣を見つけたと思いこむことは危険であるともいえる｡</p>
<p>主体が真理を提示しても､他者はその真理を否定することができる｡だからこそ､それゆえに無限に我々は問い続けることが可能なのである｡｢一つの全体｣､｢一つの価値｣にまとまろうとしても､他者はそこを超え出てくる可能性をもっている｡こうした意味で普遍性を揺らがせようとする視点はデリダとも共通しているのかもしれない｡</p>
<p>｢なんでもありの主観的世界の状態｣から､｢他者の顔｣を通して我々は他者を｢絶対に助けなければならない対象｣､｢殺してはならない対象｣として構成するようになり､｢<b>責任</b>｣を自覚するようになるという｡</p>
<p>｢なんでもあり｣ではなく､｢そうでなくてはならない､そうあるべきだ｣というように勝手な解釈を停止させるのである｡他者は批判を促す､反省を促す存在ともいえる｡他者は私の世界の一部に過ぎないといった｢全体性｣ではなく､｢無限性｣として捉えられていくのである｡</p>
<p>法律があるから､あるいは法律にはなくても社会のルールがあるからといったものではなく､レヴィナスは<b>戒律以前に人間に内在する倫理性</b>だという｡具体的な他者との出会いの中で､間主観的な事態のなかで常にすでに成立しているものだというわけだ｡</p>
<p>ホッブズ的秩序問題的に考えれば､｢他者の顔｣を通して｢殺してはならない｣という原初的な倫理が生じ､そこからそれがルールとして形成されていくということになるのだろう｡ハーバーマスはコミュニケーション的な合意を重視したが､レヴィナスはその前の生成論的な段階を語っているということになる｡しかしそれが自分勝手な恣意的､思弁的なものではなく｢<b>間主観的な説明</b>｣だという点がポイントになる｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>竹田青嗣｢哲学入門｣,166-171p</p>
<p>谷徹「これが現象学だ」,219p</p>
<p>｢哲学用語図鑑｣,266~268p</p>
<p>山竹伸二｢本当にわかる哲学｣,217-220p</p>
<p>小川真未｢レヴィナスの『イリヤ』とレヴィ＝ブリュールの『融即』｣</p>
</blockquote>
<h4><span id="toc9">レヴィナスによる｢慈悲｣と｢正義｣の違い</span></h4>
<p>こうした他者との関係(対面関係)において生じる倫理をレヴィナスは｢<b>慈悲</b>｣と呼ぶ｡</p>
<p>このうえで､対面する二者関係だけではなく､第三者の関係(対面していない人たち)をも考慮した意識､普遍的なルールが意識されてくるのだという｡こうした倫理をレヴィナスは｢<b>正義</b>｣と呼ぶ｡</p>
<p>慈悲はときには正義を超えることがあるという｡たとえば｢法律に違反してでも目の前の人を助けたい｣という場合は慈悲が優先されているということになる｡</p>
<p>法律の遵守ばかりが形式的に尊重され､実質的に慈悲を疎かにしていることもありえる｡レヴィナスはこうした対面関係における慈悲が正義の根拠であることを強く主張する｡それを見失うと個人を抑圧する危険な思想となってしまう可能性があるからである｡ナチズムが民主主義的なプロセスを通して法を作り､特定の民族を虐殺したという歴史をふまえているわけである｡</p>
<p>レヴィナスは正義の根拠は法ではなく､慈悲にこそ基づいているべきだと考えた｡この点ではジャック･デリダも同様である｡</p>
<p>たとえばデリダは法の絶対性を脱構築し､法を超えた他者への絶対的義務､見返りといった｢<b>他者への配慮</b>｣を正義の根拠としている｡</p>
<p>デリダやレヴィナスは法や形式(理想的な対話の条件など)などの｢ルール｣ではなく､その根拠となるような｢<b>対面的で特殊的な他者配慮</b>｣を先行的なものであるとしてより重視する｡</p>
<p>そもそも人間はコミュニケーション的理性なるものを発揮して｢普遍的に正しい法やルール｣を見つけ出し､運用させることができるのか疑わしいと彼らは考える｡リオタールが合意を重視する討議に画一性や抑圧を読み取ったという点を､この面から理解することもできる｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>山竹伸二｢本当にわかる哲学｣,217-220p</p>
</blockquote>
<h4><span id="toc10">ハーバーマスは普遍的なルールを志向するのか</span></h4>
<p>一方で､ハーバーマスやアーレント､ロールズなどは｢普遍的なルール｣を追求することを重視するという｡</p>
<p>どちらも虐げられた人々を救済しようという姿勢は同じだが､力点が違うというわけである｡｢慈悲｣を強調するのか｢正義｣を強調するのかという問題でもある｡具体と抽象､特殊と普遍といった概念の相違もそこにはある｡両者の緊張関係をどのように考えるのかという点がポイントになっていくのだろう｡ハーバーマス的に考えると結局は｢他者の顔に対する直観｣は示唆的ではあるが｢<b>理性の他者</b>(感情､無意識など)｣であり､｢<b>理性の枠内での社会改善</b>｣というハーバーマスの姿勢とは相容れないのかもしれない｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>山竹伸二｢本当にわかる哲学｣,217-220p</p>
<p>山竹伸二｢本当にわかる哲学｣,233-236p</p>
</blockquote>
<h2><span id="toc11">参考文献リスト</span></h2>
<h3><span id="toc12">今回の主な文献</span></h3>
<h4><span id="toc13">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/4bLm8sZ">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></p>
<h4><span id="toc14">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/41drQ0B">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></p>
<h3><span id="toc15">汎用文献</span></h3>
<h4><span id="toc16">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3IppNe8">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></p>
<h4><span id="toc17">大澤真幸「社会学史」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3CUbL3f">大澤真幸「社会学史」</a></p>
<h4><span id="toc18">新睦人「社会学のあゆみ」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3LG8hpn">新睦人「社会学のあゆみ」</a></p>
<h4><span id="toc19">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00IR44T26/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=B00IR44T26&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=f2712c443f380f792438b51627b4e2de" target="_blank">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる！</a></p>
<h4><span id="toc20">アンソニー・ギデンズ「社会学」</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4880593508/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4880593508&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=009f3e2b26ad145fcf5b5b9af985ac34" target="_blank">社会学 第五版</a></p>
<h4><span id="toc21">社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641053898/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641053898&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=72d8061762b43ee3cf228bc6f94281a1" target="_blank">社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)</a></p>
<h4><span id="toc22">クロニクル社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641120412/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641120412&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=70dbea010ff34843c3a086a108837a11" target="_blank">クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)</a></p>
<h4><span id="toc23">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4833423111/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4833423111&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=12c6523e52a8ad8c7f6186f2a7e8638b" target="_blank">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></p>
<h3><span id="toc24">参考論文</span></h3>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (上)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/616/files/nagano_14-04-03.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/567/files/nagano_15-01-08.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (下)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/582/files/nagano_15-03-05.pdf">URL</a>]</p>
<p>嘉目道人｢発語媒介効果の不可逆性とフィクションの倫理的責任｣(2020)</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://souzouhou.com/2026/04/05/habermas-32-theory-of-communicative-action/feed/</wfw:commentRss>
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			</item>
		<item>
		<title>【１ワード社会学第十三回(31)】ハーバーマスの｢無傷の間主観性｣</title>
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		<dc:creator><![CDATA[蒼村]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 05 Apr 2026 11:04:40 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ユルゲン・ハーバーマス]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://souzouhou.com/?p=5472</guid>

					<description><![CDATA[目次 動画での説明はじめに社会学とはなにか記事の分割(6)[D]生活世界関連[6-9]ハーバーマスの｢無傷の間主観性｣ハイデガーの贈与とパーソンズの所与､デュルケムの社会ハーバーマスにおける｢間主観性｣のイメージ参考文献 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-12" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-12">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">動画での説明</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">はじめに</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">社会学とはなにか</a><ol><li><a href="#toc4" tabindex="0">記事の分割</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">(6)[D]生活世界関連</a><ol><li><a href="#toc6" tabindex="0">[6-9]ハーバーマスの｢無傷の間主観性｣</a><ol><li><a href="#toc7" tabindex="0">ハイデガーの贈与とパーソンズの所与､デュルケムの社会</a></li><li><a href="#toc8" tabindex="0">ハーバーマスにおける｢間主観性｣のイメージ</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">参考文献リスト</a><ol><li><a href="#toc10" tabindex="0">今回の主な文献</a><ol><li><a href="#toc11" tabindex="0">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></li><li><a href="#toc12" tabindex="0">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></li></ol></li><li><a href="#toc13" tabindex="0">汎用文献</a><ol><li><a href="#toc14" tabindex="0">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">大澤真幸「社会学史」</a></li><li><a href="#toc16" tabindex="0">新睦人「社会学のあゆみ」</a></li><li><a href="#toc17" tabindex="0">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</a></li><li><a href="#toc18" tabindex="0">アンソニー・ギデンズ「社会学」</a></li><li><a href="#toc19" tabindex="0">社会学</a></li><li><a href="#toc20" tabindex="0">クロニクル社会学</a></li><li><a href="#toc21" tabindex="0">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></li></ol></li><li><a href="#toc22" tabindex="0">参考論文</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">動画での説明</span></h2>
<div class="video-container"><iframe class="fastyt" width="300" height="169" data-src="////www.youtube.com/embed/_AcfFofw1cM" data-alt="動画の説明" data-mce-fragment="1"><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span></iframe></div>
<p>よろしければサイト維持のためにチャンネル登録をよろしくお願いしますm(_ _)mモチベになっていますm(_ _)m</p>
<h2><span id="toc2">はじめに</span></h2>
<h3><span id="toc3">社会学とはなにか</span></h3>
<p>社会学とは､｢<b>社会を対象とする学問</b>｣のことである｡そして社会とは基本的に｢<b>人々の社会的行為の相互作用の集まり</b>｣を意味する｡</p>
<p>なぜ社会学が存在するのかについては多種多様な立場があるが､根本的には｢<b>社会を分析し､よりよい社会へ導くため</b>｣だといえる｡社会とはなにか､どう変動していくのかという事実判断やどうあるべきかという価値判断の両方のバランスをとる必要のある学問である｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/11/27/durkheim-4-1/">【基礎社会学第三六回(1)】エミール･デュルケムの社会学とはなにか､学ぶ意味や価値はあるのか</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4898" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png" alt="" width="599" height="474" /></a></p>
<p>この動画チャンネルシリーズは創造発見学に位置づけられている｡要するに､<b>アイデアをひらめくための情報を学ぼう</b>というわけである｡ビジネス､友人関係､学業､さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい｡</p>
<p>できるだけ<b>１ワード</b>に説明する対象を絞っていく｡</p>
<h4><span id="toc4">記事の分割</span></h4>
<p>(準備中)</p>
<h2><span id="toc5">(6)[D]生活世界関連</span></h2>
<h3><span id="toc6">[6-9]ハーバーマスの｢無傷の間主観性｣</span></h3>
<p>ハーバーマスの間主観性の捉え方は､おそらくアルフレッド･シュッツの間主観性の捉え方を踏まえていると想定することができる｡</p>
<p>｢<b>間主観性を現象学的に､つまり超越論的還元によって捉えることを</b><b>しない</b>｣という立場をとっているということである｡つまり､私と独立した他者が存在することを所与である､自明の前提であると考えて次に進んでいこうとする立場をとるわけである｡</p>
<p>もちろん素朴な所与というより､言語行為をするならば前提として肯定されなければならない必然的なものといったニュアンスがある｡</p>
<p>他者がいると信じるしかないといった意識中心の考え方というよりも､｢<b>現にコミュニケーションが行われている</b>｣という状態から逆算して､コミュニケーションを成立させるために必要な前提､構造､要素を取り出そうとしているのである｡こうした出発点の捉え方､コミュニケーションから物事を考えるという捉え方が｢<b>ハーバーマスの間主観性の哲学</b>｣なのであり､｢<b>コミュニケーション的転回</b>｣と呼ばれるものである｡</p>
<p>ハーバーマスは意識哲学的な､独我論的な前提を批判している立場である｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,163p</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,284p</p>
</blockquote>
<h4><span id="toc7">ハイデガーの贈与とパーソンズの所与､デュルケムの社会</span></h4>
<p>たしかにフッサールはデカルト的な意味での独我論ではない｡しかし素朴に他者の客観的存在を前提とする立場でもない｡フッサールは｢他者が存在すること､他者が自分と同じような意識を持つことをいかにして自分は意識するのか｣といった生成論的問題にこだわり続けた｡フッサールはこの生成問題を掘り下げて掘り下げて､結局は前提とするしかないもの､それ以上何も言えないものである｢<b>原事実</b>(原時間､原意識など)｣にたどり着いたのである｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/1e38ab50fc3eb435fec2e2247c8d653f.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter  wp-image-5474" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/1e38ab50fc3eb435fec2e2247c8d653f.png" alt="" width="161" height="284" /></a></p>
<p>フッサールに影響を受けたドイツの哲学者であるハイデガーの場合はこうした原事実を｢<b>エス･ギプト</b>(es gibt)｣であると解釈した｡つまり､｢<b>贈与</b>｣である｡</p>
<p>ハイデガーの考えでは存在は主観が構成するものではなく､贈与されたものであり､我々はそれに感謝し､思索し､そして詩作しなければならないという｡これはのちの｢解釈論的還元｣と深くつながる考え方である｡</p>
<p>結局は｢他者が私の意識がなくとも存在すること｣は我々の自我や意識の｢前提(所与)｣であり､｢贈与｣されていることになる｡｢身体｣を贈与され､｢言語｣を贈与されているのであり､我々は自分でそれらを創ったわけではない｡</p>
<p>パーソンズは｢<i>たとえばキャノンのホメオスタシスの分析は､高等な有機体では体温が一定に保たれるという観察結果(事実)から出発するが､もちろんその次のステップは､なぜ恒常的な体温が維持されるのかというメカニズムの解明であり､それは目的論的な問いではない</i>｣と述べている｡ハーバーマスの所与性と意味合いは違うが､共通する発想であるといえる｡</p>
<p>たとえばデュルケムは社会が先で､個人が後だと考えていた｡そもそも｢私は他者とは違う｣という意識を持つことができるためには､社会が先に存在する必要があるのである｡</p>
<p>もちろん､その社会は原初的になぜ､どのように最初に生じたのかという生成論的な問題はあるが､しかし現在､そしてこれから生きていく我々には先に社会があるという事実が覆るわけではない｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>谷徹「これが現象学だ」,218p</p>
</blockquote>
<p><a href="https://souzouhou.com/2022/09/26/talcott-parsons-5/">【基礎社会学第二十八回】タルコット・パーソンズのAGIL図式とはなにか</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2025/04/24/durkheim-7-8/">【基礎社会学第三九回(8)】エミール･デュルケムにおける｢神と社会はひとつである｣を解説</a></p>
<h4><span id="toc8">ハーバーマスにおける｢間主観性｣のイメージ</span></h4>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/bdd5c048396da838bd5aab0c5822ec2f.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-5475" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/bdd5c048396da838bd5aab0c5822ec2f.png" alt="" width="692" height="481" /></a></p>
<p>(かなり簡易的に)図にするとこのようなイメージとなる｡</p>
<p>もちろんコミュニケーションは合理的なものもあれば､非合理的なものもあるだろう｡それらは人と人とのつながり方の違いに過ぎない｡</p>
<p>そこに社会があるといえるなら､必然的に間主観性(コミュニケーション､相互行為的な性質)が存在しているのである｡ハーバーマスはこうした相互行為を出発点として置いている｡個人や自我､主観といったものは間主観性の中で､人と人との交流の中で派生(寄生)的に生じるというわけである｡</p>
<p>もちろん人間には個人的､先天的にそのような能力の｢芽｣が備わっている､あるいは人類史の長い適応の過程で獲得してきたのかもしれないが､しかしなにも刺激しなければそうした能力を発揮することは難しい｡</p>
<p>たとえばあらゆる伝統やあらゆる他者が存在しないような架空の世界において､人間は主観を発達させ､私と他者は異なる存在であり､他者は私と同じような意識をもっていると認識することは可能だろうか｡それはもはや我々がイメージするような｢人間｣といえるだろうか｡他の動物とどのようにちがうのだろうか｡</p>
<p>先程､間主観性には合理的なものと非合理的なものもあると述べた｡</p>
<p>近代に伴い合理化が促進するということは､人と人との関係の性質が合理的になっていくことであるといえる｡さらにハーバーマスはこの合理化を幅のあるものと考え､認知･道具的合理化とコミュニケーション的合理化に主に区分する｡</p>
<p>道具的合理化は決してそれ自体なくすべき悪ではないが､生活世界におけるコミュニケーションにおいて過度に進むと危険だということをハーバーマスは指摘する(生活世界の植民地化)｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,163p</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,284p</p>
</blockquote>
<p>一方で､生活世界においてコミュニケーション的合理性(理性)が発揮されることは望ましいとされている｡つまり､生活世界､我々が日常的に生きている世界において｢理想的な間主観性のあり方｣というものをハーバーマスは想定しているのである｡これを｢<b>無傷の間主観性</b>｣という｡</p>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong><big><b>無傷の間主観性</b>(独:unverstellte Intersubjektivität</big>)</strong></span>：</big>・外部からの歪みや権力的介入がないといった理想的な条件下で形成される諸個人の相互作用の性質のこと｡</p>
</div>
<p>平等性､自由性､透明性､非自己中心性などさまざまな理想をハーバーマスは想定している｡もっとも｢具体的な内容｣にはできるだけ踏み込まず､あくまでも｢形式｣が重視されている｡</p>
<p>ただし､ハーバーマスは個性をなくして人びとが融合してしまうような自体を望ましい事態だとは思っていない｡むしろ､差異性､個性を重要なものだと考えている｡</p>
<p>デュルケムが個人主義を評価していたことを私は思い出す｡社会秩序に反しない範囲でという条件がデュルケムにおいては重要だった｡ハーバーマスもおそらくこれをふまえ､<b>社会的合理性を歪ませない範囲で</b>､ということになるのだろう｡権力や偽り､非合理的な根拠などによって他者からの納得や批判へと開かれない状態で自分の個性を実現しようとする立場は到底受け入れられないということだ｡とはいえ､差異性と普遍的なルールに基づく同意の両立は現実問題としては困難が伴うだろう｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,284p</p>
</blockquote>
<h2><span id="toc9">参考文献リスト</span></h2>
<h3><span id="toc10">今回の主な文献</span></h3>
<h4><span id="toc11">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/4bLm8sZ">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></p>
<h4><span id="toc12">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/41drQ0B">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></p>
<h3><span id="toc13">汎用文献</span></h3>
<h4><span id="toc14">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3IppNe8">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></p>
<h4><span id="toc15">大澤真幸「社会学史」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3CUbL3f">大澤真幸「社会学史」</a></p>
<h4><span id="toc16">新睦人「社会学のあゆみ」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3LG8hpn">新睦人「社会学のあゆみ」</a></p>
<h4><span id="toc17">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00IR44T26/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=B00IR44T26&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=f2712c443f380f792438b51627b4e2de" target="_blank">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる！</a></p>
<h4><span id="toc18">アンソニー・ギデンズ「社会学」</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4880593508/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4880593508&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=009f3e2b26ad145fcf5b5b9af985ac34" target="_blank">社会学 第五版</a></p>
<h4><span id="toc19">社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641053898/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641053898&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=72d8061762b43ee3cf228bc6f94281a1" target="_blank">社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)</a></p>
<h4><span id="toc20">クロニクル社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641120412/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641120412&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=70dbea010ff34843c3a086a108837a11" target="_blank">クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)</a></p>
<h4><span id="toc21">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4833423111/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4833423111&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=12c6523e52a8ad8c7f6186f2a7e8638b" target="_blank">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></p>
<h3><span id="toc22">参考論文</span></h3>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (上)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/616/files/nagano_14-04-03.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/567/files/nagano_15-01-08.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (下)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/582/files/nagano_15-03-05.pdf">URL</a>]</p>
<p>嘉目道人｢発語媒介効果の不可逆性とフィクションの倫理的責任｣(2020)</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://souzouhou.com/2026/04/05/habermas-31-theory-of-communicative-action/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>【１ワード社会学第十三回(30)】フッサールの｢間主観性｣</title>
		<link>https://souzouhou.com/2026/04/02/habermas-30-theory-of-communicative-action/</link>
					<comments>https://souzouhou.com/2026/04/02/habermas-30-theory-of-communicative-action/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[蒼村]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 01 Apr 2026 22:54:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ユルゲン・ハーバーマス]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://souzouhou.com/?p=5469</guid>

					<description><![CDATA[目次 動画での説明はじめに社会学とはなにか記事の分割(6)[D]生活世界関連[6-8]フッサールの｢間主観性｣参考文献リスト今回の主な文献J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-14" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-14">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">動画での説明</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">はじめに</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">社会学とはなにか</a><ol><li><a href="#toc4" tabindex="0">記事の分割</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">(6)[D]生活世界関連</a><ol><li><a href="#toc6" tabindex="0">[6-8]フッサールの｢間主観性｣</a></li></ol></li><li><a href="#toc7" tabindex="0">参考文献リスト</a><ol><li><a href="#toc8" tabindex="0">今回の主な文献</a><ol><li><a href="#toc9" tabindex="0">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></li><li><a href="#toc10" tabindex="0">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></li></ol></li><li><a href="#toc11" tabindex="0">汎用文献</a><ol><li><a href="#toc12" tabindex="0">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></li><li><a href="#toc13" tabindex="0">大澤真幸「社会学史」</a></li><li><a href="#toc14" tabindex="0">新睦人「社会学のあゆみ」</a></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</a></li><li><a href="#toc16" tabindex="0">アンソニー・ギデンズ「社会学」</a></li><li><a href="#toc17" tabindex="0">社会学</a></li><li><a href="#toc18" tabindex="0">クロニクル社会学</a></li><li><a href="#toc19" tabindex="0">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></li></ol></li><li><a href="#toc20" tabindex="0">参考論文</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">動画での説明</span></h2>
<div class="video-container"><iframe class="fastyt" width="300" height="169" data-src="////www.youtube.com/embed/_AcfFofw1cM" data-alt="動画の説明" data-mce-fragment="1"><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span></iframe></div>
<p>よろしければサイト維持のためにチャンネル登録をよろしくお願いしますm(_ _)mモチベになっていますm(_ _)m</p>
<h2><span id="toc2">はじめに</span></h2>
<h3><span id="toc3">社会学とはなにか</span></h3>
<p>社会学とは､｢<b>社会を対象とする学問</b>｣のことである｡そして社会とは基本的に｢<b>人々の社会的行為の相互作用の集まり</b>｣を意味する｡</p>
<p>なぜ社会学が存在するのかについては多種多様な立場があるが､根本的には｢<b>社会を分析し､よりよい社会へ導くため</b>｣だといえる｡社会とはなにか､どう変動していくのかという事実判断やどうあるべきかという価値判断の両方のバランスをとる必要のある学問である｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/11/27/durkheim-4-1/">【基礎社会学第三六回(1)】エミール･デュルケムの社会学とはなにか､学ぶ意味や価値はあるのか</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4898" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png" alt="" width="599" height="474" /></a></p>
<p>この動画チャンネルシリーズは創造発見学に位置づけられている｡要するに､<b>アイデアをひらめくための情報を学ぼう</b>というわけである｡ビジネス､友人関係､学業､さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい｡</p>
<p>できるだけ<b>１ワード</b>に説明する対象を絞っていく｡</p>
<h4><span id="toc4">記事の分割</span></h4>
<p>(準備中)</p>
<h2><span id="toc5">(6)[D]生活世界関連</span></h2>
<h3><span id="toc6">[6-8]フッサールの｢間主観性｣</span></h3>
<p>｢<b>間主観性</b>｣は慣れなければわかりにくい用語である｡また､使う学者によって意味合いが違うという点も困惑する｡しかし理解しなければハーバーマスの主張を理解することが難しい｡</p>
<p>※詳細は以下の記事シリーズを参照</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2023/01/19/husserl-1/">【応用哲学第一回】フッサールの現象学における「志向性」とはなにか</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2022/11/25/alfred-schutz-1/">【基礎社会学第二十九回】アルフレッド・シュッツにおけるフッサールの現象学とはなにか</a></p>
<p>まず間主観性は現象学を創始したフッサールが最初に用いた用語であるという点から理解していこう｡</p>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong>(フッサールにおける)<b>間主観性</b>(英:intersubjectivity)</strong></span>：</big>私と同じような主観性をもった他者が存在するという意識が私の意識において不可疑的に与えられているという性質のこと｡</p>
</div>
<p>正直､これだけでは何をいっているか意味不明である｡また､これを詳細に説明されても､理解しがたいケースが多い｡</p>
<p>｢私の意見は主観的だ｣と一般的に用いる時､それは私という自我が意識などによって作り出した意見だということを意味する｡</p>
<p>たとえば哲学で言う極端な立場である独我論(観念論)では､(かなりざっくり言えば)世界には｢<b>私の意識のみ</b>｣が存在していると考えられている｡</p>
<p>極端な独我論では､世界には自我のみが確実に存在するのであり､それ以外のものが存在するかどうかは確実に証明することはできないという立場をとる</p>
<p>たしかに映画のマトリックスのように感覚を支配されて､なにものかがいるように錯覚しているだけだという可能性もある(マトリックスではそのように錯覚させるなにものかがいるという前提があるのだが)｡たとえばデカルトが､全てが夢である可能性を想定したこととも似ている｡</p>
<p>さらに一方では､存在するのは物質のみであり､意識や精神は物質の作用に過ぎないとする立場として｢<b>唯物論</b>｣がある｡独我論(唯心論)では意識のみが確実とされ､唯物論では物質のみが実在するとされている｡</p>
<p>そして哲学では長い間､主観と客観の一致が真理だとみなされていた｡しかし近代以降の哲学では事情が大きく変わる｡カントは客観そのものへの理論理性による到達は不可能だと主張し､ニーチェは真理を相対的な解釈にすぎないとした｡ただし､ヘーゲルは弁証法によって主観と客観の対立は克服されるはずであると考えている｡</p>
<p>フッサールはそもそも主観と客観が一致するかどうかという問題設定そのものが誤りだと考えた｡ゲームの中でなんとかしようとするのではなく､ゲーム自体から抜け出そうとしているようなイメージだろう(リオタールのところで学んだパラロジーを思い出す)｡</p>
<p>フッサールはデカルトのように｢確実なものは考える私だけである(独我論)｣という捉え方から方法論的に出発するが､しかしそこから｢<b>神が他の確実なものを保証してくれる</b>｣とは考えない(方法論的に出発するだけであり､その帰結は独我論ではないとされている)｡</p>
<p>フッサールは｢主観と客観がどのように一致するか｣ではなく､｢<b>なぜ主観は客観があるかのように不可疑的に意識してしまうのか</b>｣という問い方に変えた｡</p>
<p>この確信(不可疑性､妥当性)の構造を分析する方法としてエポケーや本質的直観､超越論的還元が位置づけられている｡</p>
<p>なんだ､結局フッサールも独我論かと感じた人もいるだろう｡実際､社会学者のアルフレッド･シュッツもそう感じていたという｡</p>
<p>しかしフッサールは｢主観以外の物や他者も主観が任意に､自発的に創りあげたものだ｣と主張したいわけではない(これが独我論の一般的なイメージである)｡｢<b>主観以外の物や他者が存在するという認識が不可疑的に､超越論的に構成されてしまう</b>｣ということを主張したいのである｡神でも任意の主観性でも､思考停止の不可知論でもなく､｢<b>不可疑的で直接的な､確かな経験</b>｣からあらゆるもの､他者の存在や科学の法則など､いわゆる｢<b>本質的なもの</b>｣を基礎づけようとしたのである｡</p>
<p>たしかに主観とは独立的に客観が存在するとは学問的に証明することはできないという点でカントとフッサールは立場が似ている｡</p>
<p>しかし､そうであるにもかかわらず､人間は客観が存在すると不可疑的に考えてしまう生き物なのである｡ではどのようなプロセスを経てそのように考えているのか､後天的に考えていくのかを考えるのが｢<b>間主観性問題</b>｣である｡ただし､カントのように思弁的に｢そうした認識枠組みが人間に備わっているから｣といった先天的な前提によって簡潔に終わらせるわけではない｡</p>
<p>たとえば自分の身体と他者の身体が似ているから､自分と同じような意識をもっていると認識するのではないかといったように類比的に解明していくわけである｡</p>
<p>｢<b>それは心理学ではないのか</b>｣と思うかもしれない｡しかし､心理学はさまざまな自然な､無反省な､素朴な前提をもとに解明していくという点で異なる(また､シュッツがこの意味で自分の立場は心理学にすぎないと述べていることとも重なる)｡</p>
<p>心理学の場合は､他者が私とは独立的に存在するのはあたりまえであり､物が客観的に存在するのは当たり前であるという前提で心理学は本質を捉えようとしているのである(それゆえに他の学問を基礎づけすることはできない)｡</p>
<p>たとえば未来という意識や過去という意識､客観的な時間､客観的な空間､否定､数字､論理法則といったものがいかにして主観の内部で構成されていくのかといった基礎づけを現象学は行っていく｡掘り下げるイメージを表す言葉で､哲学者のハイデガーが用いていたセリフが｢<i>事象そのものへ</i>｣である｡</p>
<p>こうした不可疑的なものの多くが積み重なった世界が｢<b>生活世界</b>｣であり(もちろんフッサールのように疑わず､素朴な判断を停止ぜず､自然的態度として自明なものとして､暗黙のうちに受け入れられている世界である)､この生活世界を土台として科学を構築するべきだというのがフッサールの主張である｡</p>
<p>任意に､自分勝手に､生活世界を軽視して無関連に学問を行うべきではないという考えであり､そうした事態は｢<b>危機</b>｣であるという｡実際､近代化に伴って生じたさまざまな問題は､この危機と無関係ではないだろう｡</p>
<p>単に生活に必要という目的から外れて､手段自体が目的となって過剰に追求されてしまうわけである｡</p>
<p>昨今ではAIを進歩させること自体が競争的に自己目的化している側面があり､それがほんとうに日常生活に必要なのかという視点は薄いのではないだろうか｡そうした視点の希薄性からどのような新たな技術が誕生し､どのようにして技術が我々の生活世界を変容させるのだろうか｡単なる｢人間のコミュニケーションのお手伝い｣に留まるというのは楽観的ではないだろうか｡動物に対する扱いが人間に対する扱いに反映されるように､機械に対する扱い､そして人工知能に対する扱いが人間に対する扱いにどのように反映されるかを考える必要がある｡</p>
<h2><span id="toc7">参考文献リスト</span></h2>
<h3><span id="toc8">今回の主な文献</span></h3>
<h4><span id="toc9">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/4bLm8sZ">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></p>
<h4><span id="toc10">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/41drQ0B">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></p>
<h3><span id="toc11">汎用文献</span></h3>
<h4><span id="toc12">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3IppNe8">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></p>
<h4><span id="toc13">大澤真幸「社会学史」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3CUbL3f">大澤真幸「社会学史」</a></p>
<h4><span id="toc14">新睦人「社会学のあゆみ」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3LG8hpn">新睦人「社会学のあゆみ」</a></p>
<h4><span id="toc15">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00IR44T26/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=B00IR44T26&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=f2712c443f380f792438b51627b4e2de" target="_blank">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる！</a></p>
<h4><span id="toc16">アンソニー・ギデンズ「社会学」</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4880593508/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4880593508&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=009f3e2b26ad145fcf5b5b9af985ac34" target="_blank">社会学 第五版</a></p>
<h4><span id="toc17">社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641053898/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641053898&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=72d8061762b43ee3cf228bc6f94281a1" target="_blank">社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)</a></p>
<h4><span id="toc18">クロニクル社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641120412/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641120412&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=70dbea010ff34843c3a086a108837a11" target="_blank">クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)</a></p>
<h4><span id="toc19">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4833423111/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4833423111&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=12c6523e52a8ad8c7f6186f2a7e8638b" target="_blank">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></p>
<h3><span id="toc20">参考論文</span></h3>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (上)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/616/files/nagano_14-04-03.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/567/files/nagano_15-01-08.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (下)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/582/files/nagano_15-03-05.pdf">URL</a>]</p>
<p>嘉目道人｢発語媒介効果の不可逆性とフィクションの倫理的責任｣(2020)</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://souzouhou.com/2026/04/02/habermas-30-theory-of-communicative-action/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>【１ワード社会学第十三回(29)】フーコーとハーバーマスの論争､権力論</title>
		<link>https://souzouhou.com/2026/04/01/habermas-29-theory-of-communicative-action/</link>
					<comments>https://souzouhou.com/2026/04/01/habermas-29-theory-of-communicative-action/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[蒼村]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 01 Apr 2026 12:14:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ユルゲン・ハーバーマス]]></category>
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					<description><![CDATA[目次 動画での説明はじめに社会学とはなにか記事の分割(6)[D]生活世界関連[6-7]フーコーとハーバーマスの論争､権力論フーコーの権力論についてハーバーマスのフーコー批判参考文献リスト今回の主な文献J.(ユルゲン) ハ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-16" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-16">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">動画での説明</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">はじめに</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">社会学とはなにか</a><ol><li><a href="#toc4" tabindex="0">記事の分割</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">(6)[D]生活世界関連</a><ol><li><a href="#toc6" tabindex="0">[6-7]フーコーとハーバーマスの論争､権力論</a><ol><li><a href="#toc7" tabindex="0">フーコーの権力論について</a></li><li><a href="#toc8" tabindex="0">ハーバーマスのフーコー批判</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">参考文献リスト</a><ol><li><a href="#toc10" tabindex="0">今回の主な文献</a><ol><li><a href="#toc11" tabindex="0">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></li><li><a href="#toc12" tabindex="0">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></li></ol></li><li><a href="#toc13" tabindex="0">汎用文献</a><ol><li><a href="#toc14" tabindex="0">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">大澤真幸「社会学史」</a></li><li><a href="#toc16" tabindex="0">新睦人「社会学のあゆみ」</a></li><li><a href="#toc17" tabindex="0">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</a></li><li><a href="#toc18" tabindex="0">アンソニー・ギデンズ「社会学」</a></li><li><a href="#toc19" tabindex="0">社会学</a></li><li><a href="#toc20" tabindex="0">クロニクル社会学</a></li><li><a href="#toc21" tabindex="0">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></li></ol></li><li><a href="#toc22" tabindex="0">参考論文</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">動画での説明</span></h2>
<div class="video-container"><iframe class="fastyt" width="300" height="169" data-src="////www.youtube.com/embed/_AcfFofw1cM" data-alt="動画の説明" data-mce-fragment="1"><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span></iframe></div>
<p>よろしければサイト維持のためにチャンネル登録をよろしくお願いしますm(_ _)mモチベになっていますm(_ _)m</p>
<p>ショート動画で1分で説明しているバージョンも投稿していますm(_ _)m</p>
<h2><span id="toc2">はじめに</span></h2>
<h3><span id="toc3">社会学とはなにか</span></h3>
<p>社会学とは､｢<b>社会を対象とする学問</b>｣のことである｡そして社会とは基本的に｢<b>人々の社会的行為の相互作用の集まり</b>｣を意味する｡</p>
<p>なぜ社会学が存在するのかについては多種多様な立場があるが､根本的には｢<b>社会を分析し､よりよい社会へ導くため</b>｣だといえる｡社会とはなにか､どう変動していくのかという事実判断やどうあるべきかという価値判断の両方のバランスをとる必要のある学問である｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/11/27/durkheim-4-1/">【基礎社会学第三六回(1)】エミール･デュルケムの社会学とはなにか､学ぶ意味や価値はあるのか</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4898" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png" alt="" width="599" height="474" /></a></p>
<p>この動画チャンネルシリーズは創造発見学に位置づけられている｡要するに､<b>アイデアをひらめくための情報を学ぼう</b>というわけである｡ビジネス､友人関係､学業､さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい｡</p>
<p>できるだけ<b>１ワード</b>に説明する対象を絞っていく｡</p>
<h4><span id="toc4">記事の分割</span></h4>
<p>(準備中)</p>
<h2><span id="toc5">(6)[D]生活世界関連</span></h2>
<h3><span id="toc6">[6-7]フーコーとハーバーマスの論争､権力論</span></h3>
<h4><span id="toc7">フーコーの権力論について</span></h4>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/fc4378364fda8fd2afcd496772790bdb.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter  wp-image-5467" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/fc4378364fda8fd2afcd496772790bdb.jpg" alt="" width="171" height="300" /></a></p>
<p>フーコーはフランスの哲学者である｡</p>
<p>フーコーに言わせれば､たとえば生活世界の合理化における新しい教育学の登場は｢<b>権力のあり方</b>｣が変わっただけだとみなし､解放的側面を強調しないかもしれない(詳細は１ワード社会学第五回の動画を参照)｡</p>
<p>いわゆる｢自発的に服従する主体｣､｢効率の良い支配｣が近代では生じていくのである｡時間割､成績評価､序列化といったように細かく諸個人を子どもの頃から訓練し､自発的に服従するように施すというわけである｡</p>
<p>教師に常に監視され､我々は教師がいないところでも訓練どおりに自発的に｢そうすべきだから､そうしたいから｣と生きるようになるのである｡ほんとうに伝統を自発的に批判する能力が上がっているのか､その批判の方向性自体が規定されているのではないかと立ち止まる必要がある｡</p>
<p>ハーバーマスは1980年代にフーコーを批判したが､フーコーは直接的な反論はしていない(その後対面はしている)｡</p>
<p>フーコーは真理は歴史的構築物にすぎず､理性は権力と結びついており､普遍的な基礎づけは疑わしいと考えているという｡｢すべての人間に共通する理性｣や｢歴史の必然的な進歩｣といった大きな物語を､<b>特定の権力構造を正当化するために使われているだけだ</b>と批判しているのである｡</p>
<p>｢<i>人間は海辺の砂に描いた顔のように消えるだろう､賭けてもいい</i>｣という有名なフーコーのフレーズがある(『言葉と物』)｡</p>
<p>ここでいう｢<b>人間</b>｣とは近代的な啓蒙主義者が思い描いた理想的な人間像(歴史的構築物)のことである｡理性的で自律的で､理性をもちいて客観的な真理をやがて獲得する事が可能であり､理想の社会を形成することができるような近代的人間像である｡リオタールの｢大きな物語｣とも重なる認識である｡</p>
<p>近代においてはじめて神でも自然でもなく､｢人間｣が知の中心となった(いわゆるヒューマニズム)が､それは一定の枠組み(<b>エピステーメー</b>)を通してそのように認識されていただけであり､やがて消えるというわけである(クーンでいえば一定のパラダイムを通した認識､マンハイムでいえば一定のイデオロギーを通した認識になるのだろう)｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2025/08/25/one-word-sociology-panopticon/">【１ワード社会学第五回】フーコーの｢パノプティコン｣とはなにか</a></p>
<h4><span id="toc8">ハーバーマスのフーコー批判</span></h4>
<p>たとえばルーマンは人間の理性よりもシステム的な理性(合理性)を重視しており､ヒューマニズム的な態度をとっていない(ニヒルな態度､リアリスティックな態度である)｡アドルノらがヒューマニズムに絶望した認識とも重なってくる｡</p>
<p>一方で､ハーバーマスは人間の理性を規範的に信頼しているのである｡ただし､孤立した人間の意識に根ざすものではなく､諸個人からなる間主観的な理性ではある｡すべての範囲の合理化を盲目的に信頼しているわけではない｡</p>
<p>また､ハーバーマスはフーコーに対して､権力を批判するならなんらかの規範が必要ではないかと批判している｡</p>
<p>※｢間主観性｣という概念がすこしわかりにくいので､このあとの項目で整理したい｡</p>
<p>理性を批判して｢非理性的なもの｣を擁護するのはいいが､理性を批判することはそもそも理性によらなければできないのではないかとハーバーマスは批判する｡</p>
<p>これはポパーとの論争とも共通する自己遂行矛盾性だというわけだ｡ハーバーマスは理性には暴走する面､支配する面があると認めながら､それでも理性には対話的で合意を指向する側面もあると考え､非理性ではなく理性の内側で異議申し立てをするべきだと考えるのである｡</p>
<p>また､権力的なものに異議申し立てをして､それが成功したとすれば､それは一種の権力となり､新たな反権力を生み出すというジレンマをフーコーは見抜いていながら､フーコーは反権力の側､弱者の側に妥当性を認めているとハーバーマスは指摘している｡</p>
<p>なぜ屈服するよりも闘争(異議申し立て)が正しいのかの根拠を考えるような理論も欠けているという｡また､戦略的行為ばかりが想定され､コミュニケーション的行為が想定されていないともいう｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,202-210p</p>
</blockquote>
<h2><span id="toc9">参考文献リスト</span></h2>
<h3><span id="toc10">今回の主な文献</span></h3>
<h4><span id="toc11">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/4bLm8sZ">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></p>
<h4><span id="toc12">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/41drQ0B">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></p>
<h3><span id="toc13">汎用文献</span></h3>
<h4><span id="toc14">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3IppNe8">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></p>
<h4><span id="toc15">大澤真幸「社会学史」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3CUbL3f">大澤真幸「社会学史」</a></p>
<h4><span id="toc16">新睦人「社会学のあゆみ」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3LG8hpn">新睦人「社会学のあゆみ」</a></p>
<h4><span id="toc17">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00IR44T26/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=B00IR44T26&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=f2712c443f380f792438b51627b4e2de" target="_blank">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる！</a></p>
<h4><span id="toc18">アンソニー・ギデンズ「社会学」</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4880593508/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4880593508&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=009f3e2b26ad145fcf5b5b9af985ac34" target="_blank">社会学 第五版</a></p>
<h4><span id="toc19">社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641053898/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641053898&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=72d8061762b43ee3cf228bc6f94281a1" target="_blank">社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)</a></p>
<h4><span id="toc20">クロニクル社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641120412/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641120412&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=70dbea010ff34843c3a086a108837a11" target="_blank">クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)</a></p>
<h4><span id="toc21">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4833423111/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4833423111&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=12c6523e52a8ad8c7f6186f2a7e8638b" target="_blank">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></p>
<h3><span id="toc22">参考論文</span></h3>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (上)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/616/files/nagano_14-04-03.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/567/files/nagano_15-01-08.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (下)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/582/files/nagano_15-03-05.pdf">URL</a>]</p>
<p>嘉目道人｢発語媒介効果の不可逆性とフィクションの倫理的責任｣(2020)</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>【１ワード社会学第十三回(28)】ハーバーマスの｢生活世界の合理化｣</title>
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		<dc:creator><![CDATA[蒼村]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 01 Apr 2026 12:02:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ユルゲン・ハーバーマス]]></category>
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					<description><![CDATA[目次 動画での説明はじめに社会学とはなにか記事の分割(6)[D]生活世界関連[6-6]ハーバーマスの｢生活世界の合理化｣ハーバーマスの｢生活世界の合理化｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説生活世界における｢構造的分 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-18" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-18">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">動画での説明</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">はじめに</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">社会学とはなにか</a><ol><li><a href="#toc4" tabindex="0">記事の分割</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">(6)[D]生活世界関連</a><ol><li><a href="#toc6" tabindex="0">[6-6]ハーバーマスの｢生活世界の合理化｣</a><ol><li><a href="#toc7" tabindex="0">ハーバーマスの｢生活世界の合理化｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</a></li><li><a href="#toc8" tabindex="0">生活世界における｢構造的分化｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</a></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">｢形式と内容の分離｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</a></li><li><a href="#toc10" tabindex="0">｢シンボル的再生産の反省化｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc11" tabindex="0">参考文献リスト</a><ol><li><a href="#toc12" tabindex="0">今回の主な文献</a><ol><li><a href="#toc13" tabindex="0">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></li><li><a href="#toc14" tabindex="0">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></li></ol></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">汎用文献</a><ol><li><a href="#toc16" tabindex="0">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></li><li><a href="#toc17" tabindex="0">大澤真幸「社会学史」</a></li><li><a href="#toc18" tabindex="0">新睦人「社会学のあゆみ」</a></li><li><a href="#toc19" tabindex="0">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</a></li><li><a href="#toc20" tabindex="0">アンソニー・ギデンズ「社会学」</a></li><li><a href="#toc21" tabindex="0">社会学</a></li><li><a href="#toc22" tabindex="0">クロニクル社会学</a></li><li><a href="#toc23" tabindex="0">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></li></ol></li><li><a href="#toc24" tabindex="0">参考論文</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">動画での説明</span></h2>
<div class="video-container"><iframe class="fastyt" width="300" height="169" data-src="////www.youtube.com/embed/_AcfFofw1cM" data-alt="動画の説明" data-mce-fragment="1"><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span></iframe></div>
<p>よろしければサイト維持のためにチャンネル登録をよろしくお願いしますm(_ _)mモチベになっていますm(_ _)m</p>
<p>ショート動画で1分で説明しているバージョンも投稿していますm(_ _)m</p>
<h2><span id="toc2">はじめに</span></h2>
<h3><span id="toc3">社会学とはなにか</span></h3>
<p>社会学とは､｢<b>社会を対象とする学問</b>｣のことである｡そして社会とは基本的に｢<b>人々の社会的行為の相互作用の集まり</b>｣を意味する｡</p>
<p>なぜ社会学が存在するのかについては多種多様な立場があるが､根本的には｢<b>社会を分析し､よりよい社会へ導くため</b>｣だといえる｡社会とはなにか､どう変動していくのかという事実判断やどうあるべきかという価値判断の両方のバランスをとる必要のある学問である｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/11/27/durkheim-4-1/">【基礎社会学第三六回(1)】エミール･デュルケムの社会学とはなにか､学ぶ意味や価値はあるのか</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4898" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png" alt="" width="599" height="474" /></a></p>
<p>この動画チャンネルシリーズは創造発見学に位置づけられている｡要するに､<b>アイデアをひらめくための情報を学ぼう</b>というわけである｡ビジネス､友人関係､学業､さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい｡</p>
<p>できるだけ<b>１ワード</b>に説明する対象を絞っていく｡</p>
<h4><span id="toc4">記事の分割</span></h4>
<p>(準備中)</p>
<h2><span id="toc5">(6)[D]生活世界関連</span></h2>
<h3><span id="toc6">[6-6]ハーバーマスの｢生活世界の合理化｣</span></h3>
<h4><span id="toc7">ハーバーマスの｢生活世界の合理化｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</span></h4>
<p>前の方の項目で｢合理化｣について学んだ｡では､生活世界の合理化とは一体何を意味するのか｡</p>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong><b>生活世界の合理化</b></strong></span>：</big>コミュニケーション的合理性の拡大が生活世界において生じること｡</p>
</div>
<p>生活世界はそこに社会がある限り､必ずある基盤である｡社会が人と人との社会的行為のまとまりだとすれば､社会的行為が成立する条件を生活世界が提供するのである｡生活世界がコミュニケーション的行為を支え､コミュニケーション的行為が生活世界を支えるといった相補的､循環的な関係にあるのである｡</p>
<p>一方で､生活世界の合理化は近代に特に認められる現象であるということになる｡本質的な基盤の変化というより､本質的な基盤の具体化の変化である｡たとえば文化には伝承が必要であるが､その伝承が合理的に行われるといったイメージである｡</p>
<p>コミュニケーション的合理性とはそもそも｢他者との言語的相互行為において､妥当性要求の批判に開かれているという性質のこと｣であった｡</p>
<p>成果を得る能力の向上だけでなく､相互理解や相互批判を可能にする文化･規範･人格の形成などの発展をも意味する｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/95e1b40f3c76a896cab25b4a87bfa160.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-5460" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/95e1b40f3c76a896cab25b4a87bfa160.png" alt="" width="512" height="475" /></a></p>
<p>全体の概要を図にするとこのようになる(他にも要素はあるかもしれないが､まずはこれを概略とする)｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/9f03a42b98b19994a80ba3423c87fbf5.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-5461" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/9f03a42b98b19994a80ba3423c87fbf5.png" alt="" width="497" height="604" /></a></p>
<p>生活世界の変化はこちらである｡</p>
<p>生活世界の合理化は分析的には｢構造的分化｣､｢形式と内容の分離｣､｢文化的再生産の反省化｣という３つの観点にわけられている｡それぞれ説明していく｡</p>
<blockquote>
<p>･参考にしたページ</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,167p</p>
<p>｢本当にわかる社会学｣,現代位相研究所編,第四刷,228p</p>
</blockquote>
<h4><span id="toc8">生活世界における｢構造的分化｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</span></h4>
<p>生活世界が文化､社会､パーソナリティに分析的に分類できることを先程学んだ｡前近代的な社会では生活世界におけるこれらの３つの機能が一体的であるという点がまずポイントである｡</p>
<p>たとえば前近代では主に宗教体系や呪術体系が世界とはどうなっているかという文化を伝承し､善悪の基準を提示して社会に連帯感をもたせ､どう生きるべきかという人格形成にも関わっていたといえる｡</p>
<p>いわゆる｢<b>真善美が一体的であった(とされる)時代</b>｣である｡ヘーゲルが｢<b>失われた全体性の回復</b>｣と表現するのもここに関連しているのだろう｡</p>
<p>ウェーバー的にいえば｢<b>神々(価値観)の闘争がまだそこまで生じていない時代</b>｣であるといえる｡</p>
<p>前近代的な社会では生活世界におけるこれらの３つの機能が一体的であったが､近代化に伴って一体的ではなくなっていく｡つまり､生活世界の構造が分化していったというわけである｡</p>
<p>たとえば宗教が教育も科学も法律も政治も担っていたとすれば､それぞれが独立していくというわけである｡ルーマン的にいえば社会システムが複数のサブシステムへと分かれていくということになる(科学システム､教育システム､法システムといったように)｡</p>
<p>たとえば宗教と経済が明確に分化するとどうなるのか｡ある宗教に所属しているからといって､ある企業に就職できないといったことがなくなるといえる｡企業に就職する際に必要な要素の中心は｢稼ぐことの能力｣が基本となる場合もあるだろう｡</p>
<p>政治も宗教的な理由で政策を打ち出していくのではなく､人々の対等な対話や合意によって政策を決定することが重要になっていく｡お金持ちだけが全てを決めるわけでも､宗教的なリーダーが全てを決めるわけでもないのである｡</p>
<p>それぞれの領域が独立していくことにより､｢批判｣や｢内省｣がより可能になったということができる｡</p>
<p>ある主張が正しいかどうかを科学の立場から説明したり､宗教の立場から説明したり､法の立場から説明したりするといった選択肢が増えるのである｡生活世界においてこのように批判可能性が高まるということは､生活世界においてコミュニケーション的合理性が高まっていることをポジティブに､｢<b>解放的側面</b>｣として捉えられることを意味するのである｡もちろん､コインの表と裏のように､生活世界の合理化はシステムの合理化とセットであるという点は抑えておく必要がある(この問題は生活世界の植民地化で扱う)｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,167p</p>
</blockquote>
<h4><span id="toc9">｢形式と内容の分離｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</span></h4>
<p>次に､｢<b>形式と内容の分離</b>｣を説明していく｡これがなかなか抽象的で個人的には理解しにくい｡前近代では形式と内容が結合しており､近代以降では形式と内容が分離したということになる｡</p>
<p>ここでいう形式とは主に｢生活形式｣を意味している｡つまり､｢生き方｣を意味する｡たとえばキリスト教的な世界観が支配している時代では､そうした宗教体系(内容)が､｢悪いことをすると天国に行けない｣､｢ウソをついてはいけない｣､｢浮気してはいけない｣といった生活形式(生き方)と強く結びついている｡宗教そのものは生き方ではないが､広範に具体的な生き方を規定するのである｡</p>
<p>つまり､ここでいう内容とは主に｢<b>歴史的伝統をもつ個々の文化</b>｣を意味するのである｡それゆえに時代によって､社会によって変わる､ある程度具体的な体系であるといえる｡</p>
<p>キリスト教､イスラム教､神道､仏教など､それぞれの宗教によって生き方は違う｡同じ宗教でも時代が変われば許される生き方も変動したり､地域によって違いがあるかもしれない｡いずれにせよ前近代ではこうした具体的な内容を伴う伝統が諸個人の生き方(形式)に強く結びついていたのである｡デュルケム的にいえばそもそも自分で生き方を考える個人という存在､個人主義的発想が近代的なのである｡</p>
<p>形式と内容が分離するということは､伝統がどのように生きたらいいかを具体的に規定してこなくなるということになる｡</p>
<p>たとえば結婚はどうしたらいいか､男や女はどうあるべきか､どんな働き方をすればいいのか､どんな趣味をもてばいいのかといったもろもろの具体的な生活形式を伝統は強く規定してこなくなるというわけだ｡ようするに､｢<b>こうしなさい</b>｣ではなく｢<b>自分で考えなさい</b>｣という時代になるわけである(だからこそアノミー的自殺が近代化に伴い増大したわけである)｡これらは先程の｢生活世界の構造的分化｣と同様に､近代的合理化の解放的側面だといえる｡</p>
<p>もちろん､内容と形式が完全に分離するようなことは現実的にはありえないだろう｡われわれは解釈学的循環でみたとおり､伝統に理解を常に既に依存しているのである｡</p>
<p>そもそも先人が作った言語を使っている時点で､すでに生き方が､ものの見方(これも生活形式である)が伝統に何らかの形で規定されているのである(クーン的にいえば､その時代特有のパラダイムのなかで生きている)｡</p>
<p>しかしその<b>依存度が低くなり､最低限の価値観を共有できていればよくなった</b>というわけである｡たとえば日本では挨拶をする､おじぎをする､電車では整列して並ぶ､葬式では黒い服を着るといった｢<b>最低限の生活形式</b>｣を身に着けていればいいのである｡</p>
<p>いわば最低限の常識やマナーを身につけておけばいいというわけだ｡どんな曲や服が好きなのか､どういう宗教を信じていいのかといった生活形式まではそこまで要求されないのである｡｢最低限の常識がなにか｣についてさらに思考停止せずに対話できるという意味でも､コミュニケーション的合理性が発揮されやすくなっているといえるかもしれない｡</p>
<p>法的に言えば公序良俗に反しないうえでの自由､個性､創造性が許されるというわけである｡</p>
<p>一方で､外出中に女性は顔を隠さなければならないといった｢生き方｣を規定してくるような社会も現代では存在している｡たとえば日本でも女性が登ってはいけない神聖な山があったらしいが､多くのケースで撤廃されている(内容が力を失い､もはや形式を規定しなくなっている)｡ちなみに現代でも相撲における土俵は女性が立入禁止とされているらしい(ただし､批判もされている)｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にするページ</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,168p</p>
</blockquote>
<h4><span id="toc10">｢シンボル的再生産の反省化｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</span></h4>
<p>最後に､｢<b>シンボル(文化)的再生産の反省化</b>｣である｡簡単に言えば､伝統的な文化をそのまま単に継承するのではなく､｢ほんとうにこの文化を継承するべきか｣と反省するようになったというわけである｡</p>
<p>たとえば先程の女人禁制の山の多くが､禁制を取りやめたというのはその例だろう｡相撲の土俵に女性があがれないという伝統にたいして批判(異議申し立て)する人たちが存在するという事実も､一種の反省の現れだといえる(社会構築主義とも関連する話であり､異議申し立てする人を観察することによって｢社会問題｣を捉えていくことができる｡逆に言えば､異議申し立てで可視化されなければ問題とみなされにくいのであり､異議申し立てできる状況の整備が重要だということになる)｡</p>
<p>ハーバーマスは特に新しい形の民主主義と教育学を重視している｡</p>
<p>民主主義は端的に言えば､権力者が一方的に政策を決めるのではなく､市民が理由を出し合い､討議を通じて合意を形成するという政治体制のことである｡たとえば日本では間接民主主義の形を取り､市民から選挙で選ばれた国会議員が討議を通じて合意を形成するという形をとっている｡</p>
<p>教育学は近代以前においては神への服従､家の秩序維持､身分制度の維持といった｢社会への受動的な適応｣が中心だった｡社会的伝統にとにかく従わせる､慣れさせるという教育方針だったのである｡</p>
<p>近代以降では､理性を育てる､自律した個人をつくる､個性を育てる､反省的で批判的な個人をつくるといった内容が中心となる｡つまり､ハーバーマスにとって教育の合理化は｢解放的側面｣があるということになる｡</p>
<p>ハーバーマスによれば､単に伝統的だから､宗教的だからといって無批判に伝承され､繰り返されてきたものが反省的に中断されることは｢<b>社会の進化</b>｣だという｡</p>
<p>ハーバーマスは伝統や権威よりも人間の反省力や批判力といったコミュニケーション的理性を重視するからであり､またその発達を進歩だと考えているからである｡もちろん､<b>伝統的文化を中断するとは､それらをなくすということと同じではない</b>｡コミュニケーションを合理的に行うために必要な範囲において伝統を守るべきだとハーバーマスは考えている｡無批判に受け容れるのではなく､自分で考えて､納得して受け容れるという姿勢が重要なのである｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,169p</p>
</blockquote>
<h2><span id="toc11">参考文献リスト</span></h2>
<h3><span id="toc12">今回の主な文献</span></h3>
<h4><span id="toc13">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/4bLm8sZ">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></p>
<h4><span id="toc14">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/41drQ0B">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></p>
<h3><span id="toc15">汎用文献</span></h3>
<h4><span id="toc16">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3IppNe8">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></p>
<h4><span id="toc17">大澤真幸「社会学史」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3CUbL3f">大澤真幸「社会学史」</a></p>
<h4><span id="toc18">新睦人「社会学のあゆみ」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3LG8hpn">新睦人「社会学のあゆみ」</a></p>
<h4><span id="toc19">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00IR44T26/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=B00IR44T26&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=f2712c443f380f792438b51627b4e2de" target="_blank">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる！</a></p>
<h4><span id="toc20">アンソニー・ギデンズ「社会学」</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4880593508/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4880593508&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=009f3e2b26ad145fcf5b5b9af985ac34" target="_blank">社会学 第五版</a></p>
<h4><span id="toc21">社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641053898/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641053898&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=72d8061762b43ee3cf228bc6f94281a1" target="_blank">社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)</a></p>
<h4><span id="toc22">クロニクル社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641120412/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641120412&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=70dbea010ff34843c3a086a108837a11" target="_blank">クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)</a></p>
<h4><span id="toc23">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4833423111/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4833423111&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=12c6523e52a8ad8c7f6186f2a7e8638b" target="_blank">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></p>
<h3><span id="toc24">参考論文</span></h3>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (上)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/616/files/nagano_14-04-03.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/567/files/nagano_15-01-08.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (下)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/582/files/nagano_15-03-05.pdf">URL</a>]</p>
<p>嘉目道人｢発語媒介効果の不可逆性とフィクションの倫理的責任｣(2020)</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://souzouhou.com/2026/04/01/habermas-28-theory-of-communicative-action/feed/</wfw:commentRss>
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			</item>
		<item>
		<title>【１ワード社会学第十三回(27)】ウェーバーの｢社会的合理化｣と｢文化的合理化｣</title>
		<link>https://souzouhou.com/2026/03/31/habermas-27-theory-of-communicative-action/</link>
					<comments>https://souzouhou.com/2026/03/31/habermas-27-theory-of-communicative-action/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[蒼村]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 31 Mar 2026 11:29:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ユルゲン・ハーバーマス]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://souzouhou.com/?p=5453</guid>

					<description><![CDATA[１ワード社会学第十三回目､27分割目の記事です(全47分割)｡]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-19" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-19">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">動画での説明</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">はじめに</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">社会学とはなにか</a><ol><li><a href="#toc4" tabindex="0">記事の分割</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">(6)[D]生活世界関連</a><ol><li><a href="#toc6" tabindex="0">[6-4]ウェーバーの｢社会的合理化｣と｢文化的合理化｣</a><ol><li><a href="#toc7" tabindex="0">ウェーバーの｢社会的合理化｣と｢文化的合理化｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</a></li><li><a href="#toc8" tabindex="0">專門知が日常知に流れ出るケース</a></li></ol></li></ol></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">参考文献リスト</a><ol><li><a href="#toc10" tabindex="0">今回の主な文献</a><ol><li><a href="#toc11" tabindex="0">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></li><li><a href="#toc12" tabindex="0">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></li></ol></li><li><a href="#toc13" tabindex="0">汎用文献</a><ol><li><a href="#toc14" tabindex="0">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">大澤真幸「社会学史」</a></li><li><a href="#toc16" tabindex="0">新睦人「社会学のあゆみ」</a></li><li><a href="#toc17" tabindex="0">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</a></li><li><a href="#toc18" tabindex="0">アンソニー・ギデンズ「社会学」</a></li><li><a href="#toc19" tabindex="0">社会学</a></li><li><a href="#toc20" tabindex="0">クロニクル社会学</a></li><li><a href="#toc21" tabindex="0">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></li></ol></li><li><a href="#toc22" tabindex="0">参考論文</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">動画での説明</span></h2>
<div class="video-container"><iframe class="fastyt" width="300" height="169" data-src="////www.youtube.com/embed/_AcfFofw1cM" data-alt="動画の説明" data-mce-fragment="1"><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span><span data-mce-type="bookmark" class="mce_SELRES_start">﻿</span></iframe></div>
<p>よろしければサイト維持のためにチャンネル登録をよろしくお願いしますm(_ _)mモチベになっていますm(_ _)m</p>
<p>ショート動画で1分で説明しているバージョンも投稿していますm(_ _)m</p>
<h2><span id="toc2">はじめに</span></h2>
<h3><span id="toc3">社会学とはなにか</span></h3>
<p>社会学とは､｢<b>社会を対象とする学問</b>｣のことである｡そして社会とは基本的に｢<b>人々の社会的行為の相互作用の集まり</b>｣を意味する｡</p>
<p>なぜ社会学が存在するのかについては多種多様な立場があるが､根本的には｢<b>社会を分析し､よりよい社会へ導くため</b>｣だといえる｡社会とはなにか､どう変動していくのかという事実判断やどうあるべきかという価値判断の両方のバランスをとる必要のある学問である｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/2024/11/27/durkheim-4-1/">【基礎社会学第三六回(1)】エミール･デュルケムの社会学とはなにか､学ぶ意味や価値はあるのか</a></p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4898" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2025/07/692dc39654b332d6dc4442b3d36bb6e1.png" alt="" width="599" height="474" /></a></p>
<p>この動画チャンネルシリーズは創造発見学に位置づけられている｡要するに､<b>アイデアをひらめくための情報を学ぼう</b>というわけである｡ビジネス､友人関係､学業､さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい｡</p>
<p>できるだけ<b>１ワード</b>に説明する対象を絞っていく｡</p>
<h4><span id="toc4">記事の分割</span></h4>
<p>(準備中)</p>
<h2><span id="toc5">(6)[D]生活世界関連</span></h2>
<h3><span id="toc6">[6-4]ウェーバーの｢社会的合理化｣と｢文化的合理化｣</span></h3>
<h4><span id="toc7">ウェーバーの｢社会的合理化｣と｢文化的合理化｣とはなにか､意味､定義､わかりやすく解説</span></h4>
<p>ハーバーマスによると､マックス･ウェーバーは近代化を社会の合理化(脱呪術化)が進んでいく過程と捉えたのはいいが､｢<b>目的合理性の制度化</b>｣ばかりに着目していることが問題だという｡たとえば計算可能性､予測可能性と言った側面が強い官僚制度や資本主義制度に力点を置いているのである｡</p>
<p>ハーバーマスはウェーバーの合理化論を制度的合理化と非制度的合理化という区分で再構成した｡前者を｢社会的合理化｣､後者を｢文化的合理化｣としてハーバーマスはウェーバーの議論を整理した｡</p>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong><b>社会的合理化</b></strong></span>：</big>社会の制度や仕組みが､効率や計算可能性に基づいて組織されていくこと｡</p>
</div>
<div class="box26"><span class="box-title">POINT</span></p>
<p><big><span style="background-color: #ffff99;"><strong><b>文化的合理化</b></strong></span>：</big>科学､法･道徳､芸術などがそれぞれに分化した固有の妥当性基準に従って自律化していく過程のこと｡</p>
</div>
<p>たとえば科学は｢真理｣を重視し､法は｢規範｣を重視し､芸術は｢美｣を重視するようになる｡それぞれの領域でそれぞれの合理性が重視されるのであり､前近代的社会のように宗教的世界観が包括的に妥当性を担っているわけではない｡</p>
<p><a href="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/76cf6bab9ab57ddbc43a9e24535c52fe.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-5455" src="https://souzouhou.com/wp-content/uploads/2026/03/76cf6bab9ab57ddbc43a9e24535c52fe.png" alt="" width="656" height="591" /></a></p>
<p>図でウェーバーの主張を整理するとこのようになる｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,159p</p>
</blockquote>
<h4><span id="toc8">專門知が日常知に流れ出るケース</span></h4>
<p>ウェーバーの近代化論をまとめると､｢科学技術､法･道徳､芸術｣という三領域が独立的に分化し､さらにそれぞれの領域が一定の制度的形態とむすびついたと｣いうことになる｡こうしたウェーバーの洞察にハーバーマスは同意しているという｡</p>
<p>たとえば科学は専門分野が多様に分かれ､専門職として制度化されていく｡法や道徳は近代国家や官僚制､裁判所制度として制度化されていく｡芸術は市場として制度化されていく｡</p>
<p>一方でハーバーマスは､｢<b>そのように制度化され､専門化されてしまった知識の生産が､それでも､わたしたちの日常のコミュニケーションに自然と入って来る可能性はあるのではないか</b>｣と指摘している｡専門知と日常知が分離したままとは限らないのである｡</p>
<p>たとえば科学理論では実証性が重視されるが､我々の日常のコミュニケーションでも｢科学的な証拠はあるのか｣といったように妥当性を問うような場合もある｡</p>
<p>日常のコミュニケーションが合理化されることをハーバーマスは｢<b>生活世界の合理化</b>｣と呼ぶ｡</p>
<p>生活世界はコミュニケーションによって維持され､変革されているのだから､コミュニケーションの性質が合理的になれば､生活世界も合理的にならざるをえないのである｡ハーバーマスが考える生活世界の合理化の詳細については後述する｡</p>
<p>近代以前では､｢伝統的に自明視された発想パターン｣がふつう(日常的)だったという｡｢<b>何が妥当かについて自分で考え､ときには他者と批判的に話し合い､同意によって妥当性を考える</b>｣といったパターンはふつうではなかったのである｡</p>
<p>何が正しいかは偉い人が決めてくれる､聖書に書いてあるといったパターンがふつうだったといえる｡ハーバーマスはこのような｢反省｣や｢批判｣､｢意思疎通｣の能力が近代化､合理化によって発展してきたという｡つまり､コミュニケーション的合理性が発達してきたのである｡これをハーバーマスは｢<b>進歩</b>｣として捉えている｡</p>
<blockquote>
<p>･特に参考にしたページ</p>
<p>中岡成文｢ハーバーマス｣,講談社,161p</p>
</blockquote>
<h2><span id="toc9">参考文献リスト</span></h2>
<h3><span id="toc10">今回の主な文献</span></h3>
<h4><span id="toc11">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/4bLm8sZ">J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」</a></p>
<h4><span id="toc12">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/41drQ0B">中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」</a></p>
<h3><span id="toc13">汎用文献</span></h3>
<h4><span id="toc14">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3IppNe8">佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」</a></p>
<h4><span id="toc15">大澤真幸「社会学史」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3CUbL3f">大澤真幸「社会学史」</a></p>
<h4><span id="toc16">新睦人「社会学のあゆみ」</span></h4>
<p><a href="https://amzn.to/3LG8hpn">新睦人「社会学のあゆみ」</a></p>
<h4><span id="toc17">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00IR44T26/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=B00IR44T26&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=f2712c443f380f792438b51627b4e2de" target="_blank">本当にわかる社会学　フシギなくらい見えてくる！</a></p>
<h4><span id="toc18">アンソニー・ギデンズ「社会学」</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4880593508/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4880593508&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=009f3e2b26ad145fcf5b5b9af985ac34" target="_blank">社会学 第五版</a></p>
<h4><span id="toc19">社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641053898/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641053898&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=72d8061762b43ee3cf228bc6f94281a1" target="_blank">社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)</a></p>
<h4><span id="toc20">クロニクル社会学</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4641120412/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4641120412&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=70dbea010ff34843c3a086a108837a11" target="_blank">クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)</a></p>
<h4><span id="toc21">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</span></h4>
<p><a rel="noopener" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4833423111/ref=as_li_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4833423111&amp;linkCode=as2&amp;tag=souzoulog-22&amp;linkId=12c6523e52a8ad8c7f6186f2a7e8638b" target="_blank">社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像</a></p>
<h3><span id="toc22">参考論文</span></h3>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (上)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/616/files/nagano_14-04-03.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/567/files/nagano_15-01-08.pdf">URL</a>]</p>
<p>永井彰｢コミュニケーション行為理論の論理構造 (下)｣(1993)[<a href="https://nagano.repo.nii.ac.jp/record/582/files/nagano_15-03-05.pdf">URL</a>]</p>
<p>嘉目道人｢発語媒介効果の不可逆性とフィクションの倫理的責任｣(2020)</p>
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