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ヴィクトール・フランクルまとめ
- 2015/11/28
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目次
ヴィクトール・フランクルとは
ヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor Emil Frankl、1905年3月26日 – 1997年9月2日)は、オーストリアの精神科医、心理学者。著作は多数あり日本語訳も多く重版されており、特に『夜と霧』で知られる。(wiki)
自己距離化
自己距離化とは、状況から距離を置き、状況を客観化することです。
なぜ自己距離化を行わなければならないかというと、人間は生きている限りつらいことに遭遇するからです。つらいことに遭遇したときに、それをどのように考え、対処していくべきかという問いがそもそもの根幹です。
人間は自分に向き合い、自分をあたかも外部からみるように観察し、さらには自分に反対することさえ可能だといいます。
フランクルは強制収容所でつらい生活をおくっているときに、数年後の自分を思い描くことによってつらさを軽減したそうです。
そんなときは私は、あるトリックにすがりました。私は、一九四五年のそんな状況のなかで想像してみたのです。私は、講演用の見台の前に立っていて、講演をしているんだ、たとえば『一心理学者の強制収容所体験』というような題で講演しているんだ、大きく、きれいで、明るい照明の、そしてなによりも暖房のよくきいたホールで講演している、聴衆は興味をもって耳を澄ましている、と。また私はこう想像したのです。いまこの瞬間に実際に切り抜けなければならないこの現実について、その講演のなかで話しているんだ、と。」(フランクル著、山田邦男、松田美佳訳、『宿命を超えて、自己を超えて』春秋社、一九九七、二二−二三頁)
逆転志向
逆転志向とは、たとえば、ある人が何かに不安を感じていたり、恐れていたりする場合に、”その不安自体が、自分に訪れることを望むこと”です。
たとえば、不眠のとき、人はつらさを感じます。人間は眠らないと死んでしまうだとか、眠らないと明日の仕事に差し支えるとか。
逆転志向においては、逆に眠らないことを目指すことによってそういったつらさから開放されることを目論みます。
逆転志向は、自己距離化という人間の精神の機能を引き出すために使われます。
自己超越
自己超越とは、自己を客観化することによって、自分自身の身体の要求に向き合うことができるだけではなく、それと対峙・対決し、それを超えることです。
脱反省とは
脱反省とは、他者やほかの事象に没頭し、そのために献身したり貢献したりすることによって自己超越を目指すことです。
脱反省は自己超越の機能を引き出すために使われます。
意味
フランクルによれば、意味は他人から与えられるものではなく、本人が発見するものであるといいます。自己距離化、自己超越という概念は、私たち人間が人生の意味を見失ったときに、それを取り戻す上でとても役立つ考えだそうです。
人生の意味を見出す手助けをする方法をフランクルはロゴセラピーと名づけました。
「悲しくて悲しくて、涙が溢れてとまらない」というような場合は、「どこまで涙がでるのか試してみよう。人間は、悲しみで心が壊れて死んでしまうことがあるのかを試すために、行きつくところまで行ってみよう」などと考えることによって、自己を対象化・客観化し、さらに自己を超越する契機とすることができます
わたしたち人間が有している精神は、そのような機能をもっています。
自分で自分を見ること、自分で自分を吟味すること、そして自分で自分を語ることができるという人間の精神の機能があるゆえに、私たちは悩み、苦しむわけですが、その同じ機能によって、私たちは自分の生の意味を、自分で決定することができるのです。
「現代思想の使い方」高田明典(秀和システム)174-175頁
構成について
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