確証バイアスとはなにか、思考と創造のための予備知識

確証バイアスとはなにか

 

定義

確証バイアス(かくしょうバイアス、英: Confirmation bias)とは、認知心理学や社会心理学における用語で、仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のこと。認知バイアスの一種(wiki)。

具体的に確証バイアスとはなにか

 たとえば、人の意見は何年間も合理的で客観的な分析を重ねた成果であると思い込む人がいるとする。青少年の犯罪は「低年齢化」しているとか、「凶悪化」しているという意見をある人間が持っているとする。しかし実際にその人に問い詰めてみると、最近起こった11歳のある一件の殺人事件だけを根拠にしていたということもある。あるいはそうしたニュースを繰り返し流され、青少年犯罪は低年齢化しているという信念を抱き、それに反する情報を無視するようになってきたケースも考えられるだろう。日本の3.11の震災は米国が人工地震を起こした、という陰謀論を一回信じこむと、それに反するような情報は無視するようになり、陰謀論を根拠付ける情報のみを集めるようになる。

 このように、人の意見は、何年間も自分の身からを裏付ける情報に注目し、あらかじめ持っていた考えに反する情報を無視してきた成果であることがわかる。

確証バイアス

 もっと身近な例として、彼女ができると愛の歌がばかりが耳に入ってきたり、ある車が欲しいとその車ばかりが目に入るようになることが挙げられる。確証バイアスはある種のフィルターであり、その人間が欲しい情報だけを通し、それ以外は通さない。STAP細胞の事件も同じように、一度小保方が悪だという信念を抱いてしまえば、いくら小保方がそれに反論しようと、そうした情報を視聴者は受け付けることができなくなってしまう。

確証バイアスの受動性と積極性

 確証バイアスの受動性とは、先に挙げた「ある車がほしいとその車ばかりが目に入る」という例のように、自分の意志からでなく、他に動かされてするさまを意味する。それに対して確証バイアスの積極性とは、自分から積極的に事実を追求するさいに、確証バイアスによって情報を歪ませることを意味する。

 たとえば、我々はテレビやラジオ、新聞などを積極的に見る。自分の世界観、フィルターに似ているような番組やニュースを積極的に評価し、楽しんでいるのである。我々は情報よりも確証を欲しているのだ。そして情報を供給する番組側も、そうした視聴者に合わせるように番組を構成する。あるいは視聴者側に確証バイアスを埋め込む場合もあるだろう。意図的にある政治正当の悪い面ばかりを報道したり、刺激的なレイプ事件、少年犯罪だけを繰り返し報道すると、視聴者はそうしたものに確証バイアスを得るようになる。ある人がその政治政党の良い面を挙げたとしても、もはや受け入れられなくなる。小沢一郎が悪だというフィルターができると、そのあとでいくら良い政策、良い発言をしたとしても、受け入れられなくなってしまうのである。Twitterにおいても、すでに自分が知っていること、自分のフィルターを通るものをリツイートしたり、ファボっているのではないだろうか。あるいは未知である場合も、信用できる人間の発言ゆえに、きっと正しいのだろうという信念を通して確証しているのかもしれない。

 ミネソタ大学のマーク・スナイダーとナンシー・キャンターの実験(1970)も面白い。ある架空の女性に関する一週間の行動(ある状況では内向的、ある状況では外向的)を被験者に読ませ、ある特定の職業を挙げてその女性がその職業にむいているかどうかを判断する実験である。Aグループには不動産のセールスに向いてるかどうかを尋ね、Bグループには図書館の司書に向いているかどうかを尋ねる。女性の一週間の行動はバランスよく内向的であり、外向的である。しかしAグループに再び、女性が図書館の司書に向いているかどうか尋ねると、最初の意見に固執して向いていないと答えたそうだ。Bグループについても同じように答えた。この実験が意味しているのは、人間は確証バイアスの罠にハマりやすいということである。

人間というものはとっくに知っている話を聞くのが好き

 テリー・プラチェットによれば、人間は知らない話をされると不安になるらしい。そして知っているの話を聞くのが好きであると。外山滋比古も言っていたが、人間は未知の文章を読むのは苦痛なのである。一度中継で見た野球の試合の結果を、わざわざ翌日新聞で見ることが好きな人間はたくさんいる。反対に、わざわざ物理学の本や新聞の評論記事を楽しめる人は数少ない。大体は既知であること、あるいは理解できる情報に目が行くものである。人は新しいことを知りたいと口では言うが、実際に聞きたくてたまらないのは古い話であり、すでに知っていたことをやはりあれは正しかったのだと思いたいだけなのだ。

 ヴァルディス・クレブスのアマゾン購入動向の分析によれば、オバマに好意的な本を買っているのはもとからオバマを支持している人らしい。人間は世界に対する自分の見かたが正しいと思いたいので、自分の考えを裏書する情報を求め、それに反する証拠や意見を避けようとするのである。

創造と確証バイアス

 我々のほとんどは自分のフィルターを意識しない。であるとすれば、そうしたフィルターを意識させるような創造は一定の価値がある。人が繰り返し重ねてきた確証バイアス、あるいは植え付けられてきた確証バイアスに対して自覚することは新たな視点につながりうるのである。自明であると思われていたことが、実は自明ではないこと。そうしたことを研究するのが哲学や芸術の役割の一つだと私は考えている。

参考文献

・「思考のトラ」、デイヴィッド・マクレイニー、二見書房

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