【基礎社会学第二十五回】マリノフスキーとラドグリフ=ブラウンの「機能主義」とはなにか

    Contents

    はじめに

    要約

    1. 機能主義とは「現存の制度や慣習の機能を、全体としての文化または社会との関連において明らかにするという立場」。文化人類学的機能主義ともいう。
    2. マリノフスキーの場合、機能の基準が「人間の欲求」にあり、ラドクリフ=ブラウンの場合は「存在のために必要な諸条件」である。例えば「親子関係」は生殖という欲求を満たす文化であり、その文化は機能していると考えていく。「葬式」は全体としての社会(≒社会構造)を維持、存在させていくために機能している部分であり、その部分は機能していると考えていく。ラドクリフ=ブラウンの場合は社会構造と制度や慣習を関連させて考えていくことから、構造機能主義ともいわれる。構造機能主義の考えは社会学者のタルコット・パーソンズの構造機能分析などの一般理論構築へと影響を与えていった。
    3. 参与観察とは、「現地の社会の一員として調査対象と生活をともにし、日常生活の観察を通じて資料を得る方法」。マリノフスキーが確立した。
    4. 社会学者のマートンはいままでの機能主義の考えには3つの公準が自明の前提とされていると考え、それらの公準を批判した。自明の前提とするのではなく、経験的に因果関係を確認するべきだと考えた。1:機能的統一の公準:機能が何らかの全体に対して関わるという仮定。→同じ社会でもある集団にとっては機能的、違う集団にとっては逆機能的ということがありうると批判。2:普遍的機能主義の公準:全てのものが何らかの機能をもつという仮定。→はじめから結論として採用されるべきものではなく、経験的に確証されるべきだと批判した。3:機能的必須要件の公準:その機能がなくてはならないという仮定。→同じような機能を果たせるものもあると批判した。

    動画での解説・説明

    ・この記事のわかりやすい「概要・要約・要旨・まとめ」はyoutubeの動画の冒頭にありますのでぜひ参照してください

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    マリノフスキーとラドグリフ=ブラウン

    マリノフスキーとは、意味

    POINT

    ブロニスワフ・マリノフスキー(Bronislaw Malinowski,1884-1942)・ポーランド出身のイギリスの文化人類学者。「機能主義人類学の創始者」であり、「機能主義の確立者」であるといわれている。フィールドワークの手法(「参与観察」)と機能主義の説明様式を人類学に導入した。自らを「フィールド人類学者」と称した。主な著書は『西太平洋の遠洋航海者』(1922)。社会学者であるエミール・デュルケムの影響を受け、社会学者であるタルコット・パーソンズに影響を与えた。

    ・マリノフスキーは自分の学生にフランス社会学の研究を読むことを勧めていたという。当時のフランス社会学といえばデュルケム。

    ・マリノフスキーはフィールドに強く、理論に弱い、社会システムの概念に盲目と指摘されることがある。マリノフスキーは自分が(現在)観察し記録できることから立脚しなければならないと考えている。こうした立場を「実用的人類学」と呼んでいる。

    ・過去における事象を現在のように描きだしている(現実を無視して架空の過去を復元している)と間接的にラドクリフ=ブラウンを批判しているとみられる文章もある。ラドクリフ=ブラウンは典型的な過去志向の理論家として考えられていた(マリノフスキーによる構造機能主義への批判)。このような人類学を「古物趣味人類学」と批判。

    ・マリノフスキーは現地調査のための実際的な戦術や情報収集技術に長けていたといわれている。マリノフスキーは「参与観察」をはじめて導入した人物。タルコット・パーソンズはこうした技術に対して、「第一級の臨床理論の顕れ」であると称賛している。

    ・人類学者のエドマンド・リーチ(1910-1989)は「トロブリアンド島人について語るマリノフスキーは、刺激的な天才であるにもかかわらず、文化一般を論ずるマリノフスキーは、往々にして平板陳腐な凡人にすぎない」と評している。

    ・リーチはマリノフスキーの理論的背景を哲学者のウィリアム・ジェイムズ(1842-1910)の実用主義(プラグマティズム)の影響と考えている。

    「ラドグリフ=ブラウンは、B・マリノフスキーとともに、現在の人類学の創始者といわれる。二人はともにフィールドワークの手法と『機能主義』の説明様式を人類学に導入したことで知られるが、二人の機能主義は対照的なものだった。」

    佐藤俊樹「社会学の方法」,198P

    「「古物趣味人類学」に対する批判の焦点は時とともに,前世代の進化主義から同時代の人類学に移っていった。名指しはしていないが,その主なターゲットはライバルのラドクリフ=ブラウンだったと考えられる。1930年代にマリノフスキーが文化接触研究を尖鋭化させていったのに並行して,ラドクリフ=ブラウンも,後に彼の社会理論の骨格を示す論集『未開社会における構造と機能』(Radcliffe-Brown1952)に収録されることになる論文を,順次発表し,理論家として存在感を増しつつあった。そのブラウンは,典型的な過去志向の理論家である。マリノフスキーの批判は,人類学者が調査地で観察する現実と,民族誌として記述する内容との乖離を,媒介する方法の科学的確実さに向けられる。われわれが研究すべきなのは,変化しつつある原住民であって,手つかずの野蛮人ではない。実際,[仮に彼の意図が過去の復元にあるとしても]現代のフィールドワーカーの現実の実践は,現にあるがままの野蛮人,つまりヨーロッパ文化の影響を受けた野蛮人を研究すべきであり,その後で,この新しい影響を排除してヨーロッパ以前の状態を再構成するようにならねばならない。(Malinowskil929:28)科学者は彼が観察し記録できることがらに立脚しなけれぽならない。このような素材から,もし彼の主な関心が古物趣味的ならば,過去を再構成できるだろう。しかし,彼の描く古い伝統的な文化を,科学的に正しいものにするためには,彼はそれを,あたかもいまなお生きている現実であるかのように描いてはならない。彼はわれわれの前に,彼の観察による真の資料と,過去を再構成する彼の方法を提示しなければならない。その上でのみ,再構成した過去の概要提示へと進むことができる。(Malinowski1938:)」

    清水昭俊「忘却のかなたのマリノフスキー : 1930年代における文化接触研究」571-572P

    「前述の3段階区分に明らかなように、マリノフスキーは、社会的現実の多様性と重層性を十全に認識しており、人々の言及と実際の行為との間に見られる乖離や、社会秩序を維持するための規範と個人の利害追究の動きとの間の緊張関係に注目しながら、トロブリアンド島民の現実の行動を克明に記述していく。それと同時に、彼らが生きている社会的・文化的コンテキストを構成するさまざまな文化要素相互間の機能的連関や、諸制度間の相互依存のあり方を分析することによって、個人の行動の隠された動機や、各文化要素の意味を把握しようと努める。このような現実理解のプロセスと、その成果であるモノグラの描写に対して、タルコット・パーソンズ(TalcottParsons)は「第一級の臨床理論」の顕れである、と賞賛を惜しまない。また前述のリーチでさえも、「従来の民族誌の無味乾燥な記録と、マリノフスキーの民族誌がもたらす生き生きとした人間の息吹きとの相違は、単に芸術的工夫の差異に由来するのではなく、むしろ両者の理論的洞察の有無にかかわるものである。」と述べている。この点もまた多くの研究者が認めるところである。「理論に弱い」マリノフスキーが、現実に密着した社会分析においては、実は第一級の理論家であった、というパラドックスをここに見出すことができる。」

    谷口佳子「マリノフスキー:『日記』と彼をめぐる女性達」,57P

    「従来のマリノフスキー論は、殆んどの場合、彼の調査者としての功績を讃え、調査方法とその成果を高く評価する一方で、他方では一般社会理論の欠落や不備を指摘するものが多かった。具体的には、ラドクリフ・ブラウンの業績と比較・対照される形で論じられることがリフ・ブラウンの厳密な構造機能論的アプローチや対象領域の限定への積極的評価に対して、マリノフスキー理論の包括性・曖昧性を批判する形で、議論が展開されてきた。例えば、下記に引用するリーチ(EdmundLeach)の厳しい断定に対して、真向から異を唱える人類学者は、むしろ少ないであろう。「私にとって、トロブリアンド(=マリノフスキーの調査地)島人について語るマリノフスキーは、刺激的な天才であるにもかかわらず、文化一般を論ずるマリノフスキーは、往々にして平板陳腐な凡人にすぎない。」(傍点筆者、以下同様)」

    谷口佳子「マリノフスキー:『日記』と彼をめぐる女性達」,56P

    ラドグリフ=ブラウンとは、意味

    POINT

    アルフレッド・ラドグリフ=ブラウン(Alfred Radcliffe-Brown,1881-1955)・イギリスの社会人類学者。(機能)人類学の創始者といわれている。フィールイドワークの手法と「機能主義」の説明様式を人類学に導入した。マリノフスキーと区別して「構造機能主義」と呼ばれることがある。主な著書は『アンダマン島民』(1922)。タルコット・パーソンズに大きな影響を与えたといわれている。デュルケームに会ったことがあり、影響を受けている。

    ・社会学者であるデュルケムの影響を受け、社会学者であるパーソンズやアーヴィング・ゴフマンに影響を与えた。

    ・デュルケムにも直接会ったことがある

    ・フランスの人類学者であるマルセル・モース(デュルケムの甥)はラドクリフ=ブラウンの教授選考の推薦状を書いたという。

    ・マリノフスキーとよく比較され、ラドクリフ=ブラウンは構造機能理論等、理論に強いと考えられていた。パーソンズが一般理論を構築するさいに特に影響を受けたのはラドクリフ=ブラウン。

    「パーソンズの社会学がどのようにできあがっていったのかは、彼に大きな影響をあたえた人類学者、アルフレッド・ラドグリフ=ブラウンの機能主義から見ていくと、わかりやすい。……デュルケーム本人にも会っており、影響を受けている。」

    佐藤俊樹「社会学の方法」,198P

    「このパラダイムは機能主義と呼ばれている。その代表者の一人がラドクリフ=ブラウン(1881-1955)である。彼の立場は、機能主義のもう一人創始者であるマリノフスキー(1884-1942)と区別するため構造・機能主義と呼ばれている。」

    出口顯「社会人類学における反復と連続」,2P

    「アーヴィング・ゴフマンは最晩年のインタビューでエミール・デュルケムとA・R・ラドクリフブラウンが自分に影響を与えた主要な人物であると率直に認めている一方で、ゲオルク・ジンメルの影響の点に関しては黙して語っていない。」

    薄井明「ゴフマンの「隠れジンメリアン」疑惑―従来のゴフマン理解の見直し―」,7P

    実際,マリノフスキーはフランス社会学の研究を読むことを学生に勧めていたし(Goody1995:33)8),ラドクリフ=ブラウンはみずから「フランス社会学者」と名乗り,南アフリカ,オーストラリア,シカゴと渡り歩いたかれのキャリアにおいて,『社会学年報』を手放すことがなかったという。また,かれのオックスフォード大教授選考に際しては,モースは推薦状を書くなど,フランスとイギリスのあいだの交流は私たちが想像する以上に密だったのである。

    竹沢尚一郎「フランスの人類学と人類学教育」,63-64P

    マリノフスキーとラドクリフ=ブラウンの関係について

    ライバル同士だった。

    ・次世代の人類学者への影響としては、マリノフスキーは「参与観察」が大きく、ラドクリフ=ブラウンは「構造機能主義理論」が大きいといわれている。

    ・社会学理論への影響としては、その意味ではラドクリフ=ブラウンの影響が大きい。例:パーソンズの一般理論(構造──機能分析)など。

    ・2人の文化人類学者が同じ時期に、同じような主張をしているのはなぜか。

    1. 従来の人類学では進化論伝播論が支配的だった。それらに2人共、反発していた。それゆえに機能主義的アプローチをとるようになっていった。
    2. 2人共、社会学者であるエミール・デュルケム(1858-1917)に影響を受けている。デュルケムは「機能主義の父」とも呼ばれる人物であり、彼らより先に機能主義な考えをもっていたといわれている。ただし、デュルケムは自らを「機能主義」と称していない。たとえばデュルケムは「分業」は社会の統合を高める「機能」がある、といった言い方をしている。

    「かくしてスタンダードな人類学史は,マリノフスキーとラドクリブ=ブラウソがたがいに競争しながらも,次世代に対する影響では相補的な関係にあったと描く。次世代の人類学者は二人の指導者それぞれの最良部分一マリノブスキーからは「参与観察」法,ラドクリフ=ブラウンからは構造機能主義理論一を摂取したという解釈である。この解釈によって,スタンダードな人類学史はさらに,戦間期とそれに続く第二次世界大戦後の時期とを,連続する;一つの時期として描く。戦間期は第二次大戦後の社会人類学の興隆を準備した過渡期という理解である。」

    清水昭俊「忘却のかなたのマリノフスキー : 1930年代における文化接触研究」550P

    参与観察とは、意味

    POINT

    参与観察・調査者が長期にわたって現地語を用い、当該社会の生活に加わりながら観察を行うという調査法。マリノフスキーによって確立され、現在でも参考にされている調査方法。マリノフスキー以前は主に資料提供者(原住民)の伝聞を頼りに再構成するだけだった。聞くだけではなく、実際に生活をともにし、見ることが重要。

    現地調査の目的:原住民の考え方、生活への関わり合い、彼らをとりまく世界の捉え方などを”彼ら自身の目で”見ることができるように自分を訓練することによって、自分自身のより深い認識に達すること。

    ・マリノフスキーのモノグラフ(特定文化の具体的記述)は生き生きとした現実の人間関係や具体的内容が豊富に盛り込まれていたという。バラバラにして取り出すのではなく、コンテキスト(文脈、状況)の中で記述することが重要。

    資料収集の方法の例:①行動規範や定式化された行動の型、②実際の行動の様態、③行動についての典型的解釈。

    人々の言及と実際の行動には乖離があることを意識していた。乖離があるゆえに、実際の行動をありのままに記述し、さらに行動についての解釈も記述していく。

    「名な社会人類学者ブラニスラウ・K・マリノフスキー(BronisławK.Malinowski)は,参与観察という手法を導入したはじめての人類学者である。彼は,1914年から1918年にかけてフィールドワークを行うなかで,「現地語を達者に話し,彼の描写したトロブリアンド島民の諸活動のほとんどに自ら参加し観察し」[リーチ1985:26],民族誌『西太平洋の遠洋航海者』(ArgonautsoftheWesternPacific)[1922=1967]を著した。」

    谷口陽子「コンタクト・ゾーンとしての文化人類学的フィールド :占領下の日本で実施された米国人文化人類学者の研究を中心に」99P

    「マリノフスキーによれば、現地調査の目的は、原住民の考え方、生活への関わり合い、彼らをとりまく世界の捉え方などを、彼ら自身の眼で見ることができるように自分を訓練することによって、自分自身のより深い認識に達することであった。そのために彼は、長期にわたり、現地の社会の一員として原住民と生活をともにし、彼らの日常生活の観察を通じて資料を得るという、いわゆる参与観察(participantobservation)を、自らに課した。とりわけ、通訳を排し、調査者自らが原地語を介して原住民とじかに語り合うことの重要性を強調した。また実際の資料収集にあたっては、1行動規範や定式化された行動の型、2実際の行動の様態、3行動についての典型的解釈、の3段階に分けて、もれなく広汎に資料を集めなければならない”、と考えていた。」

    谷口佳子「マリノフスキー:『日記』と彼をめぐる女性達」,57P

    従来の人類学への批判

    進化論とは、意味

    POINT

    進化論・いかなる未開社会も、時間とともに西洋におけるような社会へと進化するだろうという考え。西洋社会が最先端であるという考え。

    「一九世紀から二〇正規初頭の人類学者たちは、いかなる未開社会も、時間とともに西洋におけるような社会へと進化するだろうと考えていた(進化論)。人類の進化の筋道は一本であり、西洋社会がその最先端を走っている、というわけである。」

    「本当にわかる社会学」,126P

    機能主義とは

    図にするとこのようなイメージ。

    ・社会ごとにある制度や習慣がどのような機能をもっているかは変わるので、(特定の)社会や文化との関係で分析する必要がでてくる。

    伝播論とは、意味

    POINT

    伝播論・文化は一定方向に勝手に進化するようなものではなく、異なる文化どうしの接触によって伝播したり借用されたりしていくものだという考え。

    進化論や伝播論は歴史的アプローチ。個々の文化要素の起源をとうもの。2人はこうしたアプローチを批判した。

    「あるいは、文化は一定方向に勝手に進化するようなものではなく、異なる文化どうしの接触によって伝搬したり借用されたりしていくものだ、という見方もされた(伝搬論)。」

    「本当にわかる社会学」,126P

    文化の全体性とは、意味

    POINT

    文化の全体性・文化はそれを構成するばらばらの諸要素の単なる寄せ集めではなく、各々の要素が相互に関連してひとつの有機的な統一体をなすという考え。

    マリノフスキーとラドクリフ=ブラウンは共に、全体としての文化を個々の文化的要素に分解し、それらを研究者の勝手な仮説によって歴史的に構成することに反対した。

    →個々の習慣や制度を理解するためには、全体としての文化の中でどのような役割(機能)を果たしているか考えなければいけないと考えた(機能主義的アプローチ)。

    「進化論と伝搬論の特質は、全体としての文化をここの文化的要素に分解し、それらを研究者の勝手な仮説によって、歴史的に再構成することにある。こうした従来の人類学に反対して、マリノフスキーとラドクリフ=ブラウンはともに、『文化はそれを構成するばらばらの諸要素の単なる寄せ集めではなく、各々の要素が相互に関連してひとつの有機的な統一体をなす』という、いわば『文化の全体性』を強調した。つまり個々の慣習や制度を理解するためには、それらが『全体としての文化』の中でどのような役割を果しているかを明らかにする必要があると主張したのである。」

    「ブリッジブック社会学」,126P

    機能主義

    機能主義とは、意味

    POINT

    (特に人類学における)機能主義(functionalism)・現存の制度や慣習の機能を、全体としての文化または社会との関連において明らかにするという立場。文化人類学的機能主義ともいう。

    →この立場はマリノフスキー、ラドクリフ=ブラウン両方とも基本的に共通している

    機能は貢献や役割、効用などの意味合いに近い。問題はどういった状態なら貢献していると言えるのか、という基準。

    「機能主義は一般的に、社会の諸要素間の関連、とくに社会全体に対する要素の作用や貢献を機能として捉え、これを問題にする。」

    「クロニクル社会学」、39P

    「実体概念を排斥し要素間の相互作用の見地から対象を機能的に把握する立場に立ち、その結果、あらゆる現象を動的に、つまり絶えざる生成・消滅の過程として理解することを強調する、19世紀末に台頭した科学方法論。マリノフスキらの文化人類学におけるアプローチはその一例。今日では機能主義ということばは、機能分析や構造=機能分析、つまり社会学的機能主義と同義的に用いられることが少なくない。」

    「社会学小辞典」、106-107P

    「機能主義は、また、『社会学的機能主義』『構造=機能分析』『機能主義社会学』とよばれることもある。」

    「社会学のあゆみ」、144P

    「しかし1920年代以降になると、パラダイムチェンジが起きる。確固たる事実に基づかない憶測による歴史の再構築を問うても意味がなく科学的ではない。どのように進化してきたかではなく、制度慣習が現在いかに機能するか(いかに作用するか、どのように役立つか)こそ問われるべきであると主張されるようになった(5)。このパラダイムは機能主義と呼ばれている。」

    出口顯「社会人類学における反復と連続」,1-2P

    「この二人の機能主義は『現存の制度や慣習の機能を、全体としての文化または社会との関連において明らかにする』という基本的な立場においては共通しているが、『機能』概念の解釈および適用に関しては立場がちがっている。」

    「社会学のあゆみ」,146-147P

    機能とは、意味

    POINT

    機能(function)・①ジンメルや新明正道によって強調されるもので、ある全体を構成する諸要素が営む動的な活動(過程)をさしている。②有機体であれ、何らかの全体ないしシステムが存続していくうえで充たされなければならない必要不可欠な条件をさしている。この用例は、最近では機能的要件と呼ばれるのがふつうである。③部分が全体の維持・存続に対して果たしている作用ないしは働きの効果をさしている。

    人類学における機能主義においては、もっぱら「部分が全体の維持・存続に対して果している作用・貢献・働き」が重要になる。

    マートンによれば従来の機能主義(社会学・社会人類学における)においては、「有機体の維持に役立つという観点からみた生命的または有機体的な過程」であると機能を定義している。有機体とは一般に「多くの構成メンバー、構成要素からなり、それらが互いに関連し依存しあうことで成り立っている組織」などを意味する。ラドクリフ=ブラウンにおいて有機体とは社会を意味すると解釈できる。マリノフスキーにおいては生命体、つまり個々の人間、生物である。

    マートンは機能の概念を「一定の体系の適応ないし調整をうながす観察結果」であると定義し、客観的な社会結果と主観的意向を区別するべきだと主張した。

    「社会学理論における機能(社会的機能 social function)という用語の意味内容としては、つぎの三つが重要である。①ジンメルや新明正道によって強調されるもので、ある全体を構成する諸要素が営む動的な活動(過程)をさしている。②有機体であれ、何らかの全体ないしシステムが存続していくうえで充たされなければならない必要不可欠な条件をさしている。この用例は、最近では機能的要件と呼ばれるのがふつうである。③部分が全体の維持・存続に対して果たしている作用ないしは働きの効果をさしている。今日では②③の用例が主流を占めているばかりでなく、両者は密接に連関して用いられている。この場合には、システムが存続していくうえで必要不可欠な条件としての機能的要件を、そのシステムの構成部分が充足する働きのことを機能という。システムの構成部分がその機能を果たしえなくなった場合、そのシステムは変動過程に置かれる。」

    「社会学小辞典」、106P

    「(5)社会学や社会人類学で用いられる『有機体の維持に役立つという観点からみた生命的または有機体的な過程』。彼はこの五つのなかで、(5)の意味を機能主義の中心的概念だと主張した。それと同時に、機能とほとんど同義に用いられる用語として、利用・効用・動機・意図・ねらい・結果などがあるが、彼は『機能の概念は観察者の見地を含み、必ずしも当事者の見地を含まない。社会的機能とは観察しうる客観的結果を指すものであって、主観的意向(ねらい・動機・目的)を指すものではない』として、客観的な社会的結果と主観的意向とを区別することを主張した。こうして彼は機能の概念を『一定の体系の適応ないし調整をうながす観察結果である』と定義したのである。」

    「社会学のあゆみ」,151P

    機能分析とは、意味

    POINT

    機能分析・一般的には、文化・社会現象を構成する諸要素の相互依存的な共変関係を、機能概念を用いて全体的な脈絡のなかで目的論的に説明しようとする分析

    共変関係については以下の記事を参照。

    【基礎社会学第十六回】マックス・ウェーバーの「理解社会学」とはなにか

    「一般的には、文化・社会現象を構成する諸要素の相互依存的な共変関係を、機能概念を用いて全体的な脈絡のなかで目的論的に説明しようとする分析。機能分析は、デュルケム、ラドクリフ=ブラウン、マリノフスキらによって始められ、現在ではかなり精密に定式化されている。ただし、仮説されている機能を経験的に確証し量的に測定する方法は、必ずしも確立されているとはいえない。」

    「社会学小辞典」、108P

    機能的説明とは、意味

    POINT

    機能的説明(functional explanation)・因果的説明や意図的説明(purposive explanation)と並ぶ主要な科学的説明の一つ。ある構成単位が所属する組織の一定の特徴を維持したり、実現したりする場合に、その構成単位が果たす機能(機能不良を含む)を指摘するかたちをとったり、ある目標を実現するために人間の行動が果たす用具的役割を記述するかたちをとる説明。

    「因果的説明や意図的説明(purposive explanation)と並ぶ主要な科学的説明の一つ。ある構成単位が所属する組織の一定の特徴を維持したり、実現したりする場合に、その構成単位が果たす機能(機能不良を含む)を指摘するかたちをとったり、ある目標を実現するために人間の行動が果たす用具的役割を記述するかたちをとる説明。目的論的説明とも呼ばれる。」

    「社会学小辞典」、107P

    デュルケムは「機能主義の父」

    2人共、社会学者であるエミール・デュルケム(1858-1917)に影響を受けている。デュルケムは「機能主義の父」とも呼ばれる人物であり、彼らより先に機能主義な考えをもっていたといわれている。ただし、デュルケムは自らを「機能主義」と称していない。たとえばデュルケムは「分業」は社会の統合を高める「機能」がある、といった言い方をしている。

    デュルケムの機能主義については以下の記事を参照。

    【基礎社会学第三回】エミール・デュルケームの「自殺論」、「聖と俗」、「機能主義」とはなにか?意味

    「デュルケムは社会学固有の研究対象を《社会的事実》と規定し、社会学は社会的事実、すなわち制度の発生と機能に関する科学だと主張した。彼は『社会学的方法の基準』のなかで、『一つの社会現象を説明しようとする場合には、それを生ずる動力因(cause eddiciente)とそれが果たす機能とを別々に探究しなければならない』と主張し、社会学における目的論的説明を排斥することによって、機能主義的アプローチへの道を見出した。このため、多くの人たちによって、彼は『機能主義の父』とよばれている。デュルケムの機能主義側面への評価である。

    ……

    すなわち、彼においては、分業の機能とはそれがどんな欲求に応えているかを探究することであり、したがって、それは『社会体を統合しその統一を確保することである』と説明した。」

    「社会学の歩み」,146P

    イギリス人の人類学者であるブロニウス・マリノフスキーとアルフレッド・ラドグリフ=ブラウンは、一つの制度や慣習を、文化を構成するパーツと見るのではなく、常に文化全体と関係づけながらその意味を考える、という「機能主義」人類学の観点を打ち出した。彼らは、文化とは、それを構成する諸々の要素に分解できるようなものではなく、一つの有機的な統一体である、と見る。

    ……

    いずれにせよ、彼らの機能主義的な発想は、ともにエミール・デュルケムが『社会分業論』(一八九三年)で行った、社会的な分業が果たす「機能」に関する議論に由来する。同書でデュルケムは、個々人が必ずしもそう意識していないとしても、社会的な分業は不可避的に業種感・人間間の相互依存を作り出し、結果的に社会全体を統合するという「機能」を果たしている、という分析を行ったのであったが、こうしたデュルケムの見方は、文化(社会)を有機的な統一体として見る視点と同時に、未開社会に対する先入観から距離を取るための方法をも、人類学に提供したのである。

    「本当にわかる社会学」、現代位相研究所、127P

    「『機能』という言葉を社会学の中で導入したのは、エミール・デュルケムが最初とされる。彼は『社会分業論』(1983)という著作の中で、『分業』という現象を論じる際に、『機能』という言葉を使用した。そして、彼の議論においては『分業の機能』とは社会体を統合しその統一を確保することであると説明されている。そして、デュルケム社会学における『機能』という言葉の使い方から多くの示唆をうけたのが、ブロニスワフ・カスペル・マリノフスキーとアルフレッド・ラドクリフ=ブラウンである。人類学者である2人は、それぞれ集中的な野外調査を実施し、それを通して自らの機能主義的理論を発展させた。」

    「フジファブリック社会学」,126P

    マリノフスキーにおける「機能」解釈

    マリノフスキーとラドクリフ=ブラウンでは機能の解釈が異なる

    ・マリノフスキーとラドクリフ=ブラウンの違いは、「機能」の意味合い。

    1. マリノフスキーの場合:機能とは、人間の欲求を満足させるかどうか
    2. ラドクリフ=ブラウンの場合:機能とは、社会のある状態を成立させているかどうか

    →マリノフスキーは「個人の次元」を重視し、ラドクリフ=ブラウンは「社会の次元」を重視している。マリノフスキーの立場は心理学的機能主義や個人主義的機能主義、微視的機能主義とも呼ばれることがある。ラドクリフ=ブラウンの立場は構造機能主義、巨視的機能主義、全体社会維持・存続的機能主義とも呼ばれることがある。

    「このように彼における機能の概念は、基本的欲求からは性的欲求の充足に至るまで、その充足されるべき欲求の種別はきわめて広範囲にわたっているが、その機能をとらえる基準点は『個人のレベル』にまでおりてきている。彼の機能主義が『微視的機能主義』、『心理学的機能主義』あるいは『個人的機能主義』ともよばれるのは、この点を表現したものである。」

    「社会学の歩み」、148P

    「つまり、彼は、マリノフスキーと異なり、機能の基準となる対象を社会構造、さらには全体としての社会、に求めている。このため彼の立場を機能主義というよりは『構造主義』と呼ぶ人もいるくらいである。あるいはさらに、彼の機能主義を『巨視的機能主義』あるいは『全体社会維持・存続的機能主義』と名付ける人もいる。ただし、そこで想定されている全体社会のイメージは、未開社会に原像を求めているということもあって、闘争や軋轢のない十分調和した『機能的一貫性』をもった社会であった。」

    「社会学の歩み」、150P

    マリノフスキーにおける機能主義とは、意味

    POINT

    マリノフスキーにおける機能主義・マリノフスキーは機能を文化が人間の欲求を満足させることだと考えた。「Xという事象がxという状態なのは、それが人間の要求yを(よく)満たすからだ」という説明様式。「欲求を満たす」=「機能がある」。経済学でいうと欲求は「効用」に近い。

    マリノフスキーにおける機能は「欲求を満たすかどうか」

    POINT

    機能主義における欲求(demand)人間の欲求は「基本的欲求」と「派生的欲求」に区別される。基本的欲求:新陳代謝・生殖・身体の保全・安全・運動・成長・健康という7つの生物学的欲求。派生的欲求:経済・社会統制・教育・政治組織の欲求という「手段的要件」と知識・宗教・芸術の欲求という「統合的要件」からなる。人間に固有の文化的な欲求とされている。

    ・人間の欲求の充足が「機能」であるということは、人間の個々の欲求が重要になってくる。つまり、人間が欲求を満たしているかどうかという「心理」が重要になってくる。そのため、心理学的機能主義とも呼ばれる。

    ・個々の人間の心理まで機能の判定基準を下げていることから、微視的(ミクロ)機能主義とも呼ばれる。

    「けれども、マリノフスキーの場合、機能の宛先は人間の欲求(demand)であった。『Xという事象がxという状態なのは、それが人間の要求yを(よく)満たすからだ』というのが、マリノフスキーの説明様式だ。」

    佐藤俊樹「社会学の方法」,198-199P

    「『機能』とは文化が人間の欲求を満足させることだと考えたのである。それでは人間の欲求とは何か。彼によれば、それは『基本的欲求』と『派生的欲求』という二つのレベルに区別される。基本的欲求とは新陳代謝・生殖・身体の保全・安全・運動・成長・健康などであり、まさに生物学的欲求そのものに他ならない。これに対して、派生的欲求とは、経済・社会統制・教育・政治組織の欲求という『手段的要件』と知識・宗教・芸術の欲求という『統合的要件』からなるが、いずれにせよ動物には存在しない人間にのみ固有な文化的欲求のことである。」

    「社会学の歩み」,147P

    「マリノフスキーにとっての『機能主義的アプローチ』とは、ある特定の『文化』がどのようにその文化に属する『人間の欲求』を満足させるかというものである。」

    「ブリッジブック社会学」,127P

    マリノフスキーにおける文化とは

    POINT

    文化・「道具や消費財、種々の社会集団の憲章、観念や技術、信念、慣習からなる統合的全体」と定義した。あるいは「欲求を充足するための装置であり、手段」と定義した。また、文化の理論は生物学的事実を基礎にするべきだと主張した。

    人間には生殖や栄養など、人間の欲求から生じる問題が起きる。この問題を解決するために、「二次的な自然、人為的な環境」を作り上げることによって解決するという。これが文化であり、絶えず再生産され、維持され、運営されている。

    ・文化は人間の作り出したものであり、人間が自己の目的を達成するために利用される媒体であり、手段的機能的に理解する必要がある。雨乞いじたいが目的ではなく、雨乞いによってなにかの欲求を満たしている、と手段的機能的に考える。

    マリノフスキーは7つの基本的欲求と、それに対する反応を定式化した。

    1:新陳代謝→給養、2:生殖→親族関係、3:身体の保全→身体の庇護、4:安全→防護、5:運動→行為、6:成長→訓練、7:健康→衛生。

    特定の社会の制度や習慣、つまり文化において、たとえば健康という欲求を満たしている衛生の文化はどのようなものがあるのか、というふうに分析していく。行為なら野球だったりサッカーなどの文化等。

    ・文化は安全、安楽、繁栄の水準を可能にする媒体であり、財と価値を創造することを可能にする媒体。

    例えば雨乞いの儀式も、生贄の儀式も、挨拶も、法律、ゲームといった個々の制度や習慣も「文化」である。そうした個々の文化が相互に密接に関連して、統一的全体をなすとも主張している。

    →個々の文化要素単体ではなく、文化全体との関わり合いからも考えていく。ただし、社会と文化の違いなど、そういった理論的な話はあまり展開されていない。

    「マリノフスキーは、『文化の科学的理論』(一九四四)など一連の文化論で、従来の人類学による文化の分析的な把握に反対して、『文化とは道具や消費財、種々の社会集団の憲章、観念や技術、信念、慣習からなる統合的全体』であると定義し、文化の全体性、つまり文化要素の有機的・機能的連関を強調した。そして文化の分析は『すべて人間が動物の一つの種に属するという事実から出発するべきだ』と主張することによって、文化を生物学的事実によって基礎づけた。」

    「社会学の歩み」,147P

    「マリノフスキーはゲーレン同様,文化の理論は,生物学的事実を基礎にしなければならないこと,さらに人間の基本的欲求を充足する機能を果たすメカニズム・装置が「文化」であり,人間はそのために生み出した製作品の全装備,製作品を生産し,その価値を認める能力からなる「二次的環境」を創造すると主張した(マリノフスキー,1975:42-44)。

    個々の人間や種族の持つ有機的または基本的要求を充足することは,明らかに,あらゆる文化に課せられた最小限の条件である。栄養摂取・生殖・衛生の面における人間の要求から生ずる問題が解決されなければならない。それらの問題は,新しい二次的な,つまり人為的な環境を作り上げることによって解決される。この環境-これが文化そのものに他ならない-は,絶えず再生産され,維持され,運営されなければならない(同前,43)。

    文化は人間の作り出したものであり,人間が自己の目的を達成するのに利用する媒体であること,人間的に生きること,安全・安楽・繁栄の水準を可能にする媒体,人間に力を与え,動物的有機的な天賦の能力をこえて財と価値を創造することを可能にする媒体であること,それゆえ文化は,目的に対する手段として,つまり手段的機能的に理解されなければならない(76)。」

    中野毅「人類進化と文化の形成─現代人間学考2─」,38-39P

    「彼は,個々の文化が相互に密接に関連して統一的全体をなすことをも主張して,後の構造機能主義理論への糸口を示したが,本稿で重視するのは,文化は人間の基本的ならびに派生的欲求を充足するための装置であり,手段である,換言すれば,文化とは巨大な条件づけの装置(conditionin gapparatus)であるという主張である。この文化的行為による人間の欲求の充足が「機能」であると論じたことで,彼の理論は(心理的)機能主義とも称される。以下は,人間の基本的欲求を7つにまとめ,それに対する文化を定式化したものである。

    《7つの基本的欲求と文化反応》(同前,101)A基本的欲求B文化的反応新陳代謝(metabolism)給養(commissariat)生殖(reproduction)親族関係(kinship)(40)身体の保全(bodilycomfort)身体の庇護(shelter)安全(safety)防護(protection)運動(movement)行為(activities)成長(growth)訓練(training)健康(health)衛生(hygiene)

    人間文化を「第二の自然」と捉える文化概念においても,動物と人間との生存の仕方に大きな違いがあることは明らかである。しかし,身体を保全し,食料や住居を確保するなどの実際的な手段としての文化は,動物の自然適応の延長にあるとも言える。またこの概念は一方では広すぎて,「文化」と「社会」とが区分されてなく,社会学的に見ると社会組織や社会制度という複数の個人による集団形成の特徴を論じることが困難である。他方,それら社会組織と異なる,人間文化のより重要な特徴が明示し切れていないといえる。」

    中野毅「人類進化と文化の形成─現代人間学考2─」,39-40P

    マリノフスキーの分析の具体例

    夫婦関係と親子関係の機能例

    ・マリノフスキーの分析の具体例

    「夫婦関係と親子関係の機能とは文化的に規定された生殖の過程」とマリノフスキーは述べている。

    →生殖という生物学的「欲求」を夫婦関係や親子関係といった「文化」は満たしている。それゆえに、夫婦関係や親子関係は機能していると考える。

    「たとえば『夫婦関係と親子関係の機能』とは、『文化的に規定された生殖の過程』だとされる。」

    「フジファブリック社会学」,127P

    「寡婦の儀式的涕泣」に関する分析例

    ・「寡婦の儀式的涕泣」に関する分析

    寡婦とは夫と死別または離別し、再婚していない女性のこと。涕泣とは涙を流して泣くこと。儀式的、つまり自然に泣くというより形式的に泣くことが決まっているような意味。

    ある社会で「寡婦の儀式的涕泣」という制度や慣習がある場合、それは何かしら「機能」をもっていると考える。ではこの儀式はどんな人間の欲求を満たしているのか。

    →寡婦の深い悲しみは死んだ夫の兄弟や母方の親族などに直接満足を与え、また夫の親族から深い悲しみの代償として儀式的報酬と実質的報酬を与えるという。

    このように、制度や慣習を欲求と関係づけて説明する立場がマリノフスキーの機能主義である。

    「たとえば「寡婦の儀式的涕泣」に関しては,「……彼女の深い悲しみは死んだ夫の兄弟や母方の親族等に直接満足を与える……」,また「……夫の親族から彼女の悲嘆の代償として儀式的報酬と実質的報酬を受けとる。そしてその後の儀式的饗宴に際しては,つぎの服喪の尽力の代償としてさらに多くの報酬を受けとるのである。」,)と指摘する。そしてこれらの欲求の充足を指摘することによって,寡婦の儀式的涕泣という法への服従を説明している。これを前の図式に従って,整理すれば以下のようになる 

    1)もし社会パタンが存在するなら,社会パタンは人間の欲求を充足する。

    2)寡婦の儀式的涕泣は,夫の兄弟,母系の親族に満足を与える。

    3)寡婦の儀式的涕泣は,寡婦に儀礼的,実質的報酬を与える。

    4)それゆえ、寡婦の儀式的涕泣は存在する

    この内,1)が一般法則,2),3)が初期条件であり,説明の根拠命題を構成し,4)の被説明命題を説明している。」

    梅沢隆「機能主義社会学における説明」57P

    交感的な交霊

    POINT

    交感的な交霊(phatic communion)・特定の言語が現実の事象や対象を言及するために使われていないにも関わらず、特定の言語によるコミュニケーションが生活にとって重要な意味(機能)をもつようなコミュニケーションのこと。

    ・マリノフスキーはトロブリアンド諸島の人々が行う豊穣儀礼の中の「呪術」の機能について分析した。

    ・呪術単体をとりだしても機能は見えてこない。大事なのは「状況のコンテクスト」だと主張した。コンテクストとは日本語でいうと文脈。

    ・交感的な交霊とは、特定の言語が現実の事象や対象を言及するために使われていないにも関わらず、特定の言語によるコミュニケーションが生活にとって重要な意味(機能)をもつようなコミュニケーションのこと。コンテクストによってコミュニケーションは現実を変える。現実の事象や対象だけを言及するだけではだめ。→呪術が非合理的だとか、非現実的で遅れていて野蛮だと言及するのは簡単。大事なのはどういう機能や意味をもつか、どういう欲求を充足させているのか。例えば日本においても、挨拶や会話(天気など)自体ではなく、やり取りすること自体に意味や機能がある。

    「更に、コンテクストへの視点に基づき、マリノフスキーは興味深い現象を報告する。特定の言語が現実の事象や対象を言及するために使用されていず、しかし、そのようなコミュニケーションこそがトロブリアンド諸島の人々の生活にとって重要な意味を持つことを指摘するのである。彼の呼ぶところの「交感的」(phatic)な「交霊」(communion)である。

    There can be no doubt that we have here a new type of linguistic use–phaticcommunion I am tempted to call it, actuated by the demon of terminologicalinvention–a type of speech in which ties of union are created by a mereexchange of words. (Malinowski 1999[1923]:304)(下線は筆者による。)

    ここでは、“communication”ではなく“communion”ということばが使われているように、コミュニケーションをすること自体が「交感」なのである。例えば、出会ったときの挨拶や天気の話などはやり取りすること自体に意義があるのであって、内容やそこでの情報はそれほど意味を持たないということになる。」

    松木啓子「コミュニケーションにおける儀礼的諸相の再考察 :「連帯」と「聖なるもの」をめぐって」351P

    ラドクリフ=ブラウンにおける「機能」解釈

    ラドクリフ=ブラウンにおける機能=構造主義

    POINT

    ラドクリフ=ブラウンにおける機能主義(構造機能主義)・ラドクリフ=ブラウンにおける機能とは、「存在のために必要な条件」。「社会」の存在を考える場合、全体としての社会の中で社会の維持のためにそれが果たしている「貢献」となる。「Xという事象がxという状態なのは、それが社会全体の状態yを成立させているからだ」という説明様式。yは秩序統合になる。「社会の維持(存在)に貢献している」=「機能がある」。社会構造≒社会全体。部分が全体としての社会の構造の存在のために貢献している場合、機能しているということになる。

    社会構造とは、意味

    POINT

    社会構造・社会関係の網の目であり、さまざまな要素から構成される社会全体。このように、社会構造との関連で機能を考えるため、構造機能主義とも呼ばれることがある。構造とは一般的に、「部分の組み合わせ方」や「物事を成り立たせている各要素の機能的な関連」を意味する。社会構造は社会によって異なる。

    例:犯罪の処罰や葬式という部分の活動、ひとつの網は、他の網と絡まり合いながら、社会構造を維持するために機能している。特に繰り返すようなもの、パターンとなっているようなものがわかりやすい(制度・慣習など)。

    →葬式という要素だけ単体で取り出してもその意味合いを把握しきれない。社会の維持に貢献しているかどうか、というように社会構造と関連付けることによって把握することができる。

    図にするとこのようなイメージ。

    「すると、彼のいう『機能』とは、『部分の活動が全体的活動に果たす貢献』であり、したがってある特定の社会慣習の『機能』とは、『全体社会の維持にそれが果たしている貢献』を指すことになる。すなわち、彼は『機能』の概念を、社会関係の網の目としての『社会構造』と関係づけたのである。したがって、『機能』を判断する基準となるのは、『社会構造』や『全体社会』だということになるのである。」

    「ブリッジブック社会学」,128P

    「彼はこのように機能の概念を『社会関係の網の目』としての社会構造とたえず関係づけて分析を進めて行く。つまり、彼は、マリノフスキーと異なり、機能の基準となる対象を社会構造、さらには全体としての社会、に求めている。このため彼の立場を機能主義というよりは『構造機能主義』とよぶ人もいるくらいである。」

    「社会学の歩み」,150P

    「それに対して、ラドクリフ=ブラウンの機能主義で機能の宛先になるのは、社会全体である。『Xという事象がxという状態なのは、それが社会全体の状態yを成立させているからだ』というのが、ラドクリフ=ブラウンの説明様式である。yにあたるのは統合や秩序なので、『Xという事象がxという状態なのは、それが社会全体を成立させているからだ』とも言いかえられる。パーソンズの機能主義は、これをさらに一般理論の水準まで抽象化したものだ。ラドクリフ=ブラウンの場合、事象Xは具体的な制度や慣習になる。例えば、アンダマン島の社会における『○○』という儀礼が、それにあたる。こういう意味での事象Xはどの社会にも一般にあるわけではない。だから、このままでは一般理論にならない。」

    佐藤俊樹「社会学の方法」,199P

    「一方、ラドクリフ=ブラウンは、『欲求という言葉ではなく、存在のために必要な諸条件』という言葉に置き換えた。そして、彼は『機能』の概念を、『社会』と『生物(=有機体)』になぞらえて説明していくというアプローチを採用したのである。『生物(=有機体)』に即していえば、『呼吸・消化などの機能』は『全体としての生命の中で、それが果している役割であり、それが果している貢献』のひとつとみなされる。そのような見方を『社会』に当てはめると、『社会』における『犯罪の処罰とか葬式の機能』は、『全体としての社会の中で、社会の維持のためにそれが果している貢献』だということになる。」

    「ブリッジブック社会学」,127-128P

    アフリカのコンゴ族やインドのナヤール族の祖先崇拝の儀礼

    ・具体例:アフリカのコンゴ族やインドのナヤール族の祖先崇拝の儀礼

    ・ラドクリフ=ブラウンによれば、祖先崇拝の儀礼は社会的連帯を高める機能があるという。社会的連帯を高めることは、社会の維持、社会構造の維持につながる。

    ・祖先崇拝の儀礼によって感情を集団的に表現し、再確認させ、再生させ、強化する役割をもつ。宗教的な祭儀なども人々との間の接触を頻繁にして親密にさせる効果があるという。

    ・儀礼だけを単体で取り出すと野蛮だとか遅れているとかいった評価になる可能性があるが、社会構造と関連付けることによって意味、機能、役割が見えてくる

    「例えば、ラドクリフ・ブラウンは「機能的一貫性」(functionalconsistency)の概念を援用しながら、社会の持続、存続のための機能的な法則を解明しようとした。その際、ラドクリフ・ブラウンは社会の中の潜在的な葛藤や緊張関係を見ることによって、儀礼やその他の社会行動の機能を論じるのである。儀礼はある種の感情の規制された象徴的表現とみなすことができる。それ故儀礼は、社会構成が依存している感情を規制し、維持し、世代から世代へ伝達する効果を持っている場合に、またその程度にまで、特定の社会的機能を持っているということを示すことができる。(ラドクリフ・ブラウン1983[1952]:217)アフリカのコンゴ族やインドのナヤール族の祖先崇拝の儀礼に言及しながら、ラドクリフ・ブラウンは社会的連帯の問題に眼差しを向けるのである。この儀礼の社会的機能は明白である。すなわち感情を厳粛に、集団的に表現することによって、社会的連帯性が依存しているそうした感情を、儀礼は再確認し、再生させ、強化するのである。(ibid.:225)(下線は筆者による。)こうしたアプローチの根底にあるのは社会を有機的な集合体として捉える考え方で、宗教社会学者デュルケムに大きく影響を受けている。デュルケムによれば、儀礼はある社会に連帯をもたらすものとされる。事実、宗教的祭儀は、わずかの重要さしかもたないにしても、集合体を活動させる。諸集団がそれを挙行するために会合する。宗教的祭儀の第一の効果は、諸個人を接近させること、彼らの間に接触を頻繁にして、いっそう親密にさせることにある。(デュルケム2001[1912]下巻:205)(下線は筆者による。)」

    松木啓子「コミュニケーションにおける儀礼的諸相の再考察 :「連帯」と「聖なるもの」をめぐって」348-349P

    父系制の例

    ・南アフリカの父系制をとる社会では、姉妹の息子が彼の母の兄弟に対して親密な行動をとる特権が与えられているケース

    従来の解釈:母系制の残存

    ラドクリフ=ブラウンの解釈:社会の連帯に貢献(機能)している。父系制の社会の構造(父とその姉妹は服従と尊敬をうけるべき人であり、母とその兄弟は慈愛と甘えを期待できる人であるという構造)を維持するような機能をもっている。

    「例えば、南アフリカの父系制をとる社会では、ある姉妹の息子が彼の母の兄弟(母方の伯父)にたいして親密な行動をとる特権を与えられている。これまでの人類学では、このような慣習は、過去の母系制の『残存』であると説明されていた。だがラドクリフ=ブラウンによれば、それは父系制社会で規定されている社会構造、すなわち父とその姉妹は服従と尊敬をうけるべき人であり、母とその兄弟は誰にもまして慈愛と甘えを期待できる人である、という構造に起因する。したがって、それは単なる『残存』ではなくて逆に、こうした父系親族組織に貢献し、しかも全体としての社会の連帯にも貢献するものなのである。」

    「社会学の歩み」、149-150P

    父系制・母系制の基本知識整理

    ・父系制とは一般に、家族の系統(出自、血縁関係)が父方で受け継がれる制度(他にも相続や移住など、様々な要素がある)。

    ・母系制は母方で受け継がれる制度。たとえば日本は子供が父方の苗字を名乗るなど、父系制に近い。江戸時代には財産を継ぐのは基本的に長男だった。戸主は原則として男性限定などの法律などが明治時代にあった(いわゆる家制度。現在は改正されている)。

    ※ラドクリフ=ブラウンの分析ではなく、知識の整理:母系制社会の一例

    ・母系制社会では女性の方が高い地位や権利、出自や相続などで保護されている(母系制社会でも儀式や行事などでは男性が中心など、ケースバイケース)。

    ・母系制社会では子供は母方の血縁集団に帰属し、父親は別の集団成員で「よそ者」としてみなされることがあるという。共同財産は代々母から娘へと帰属する。男性成員が獲得した財は自分の子供ではなく、姉妹の子供へと相続される。

    ・妻問婚というものもあり、花婿は花”嫁”の母方の家へ夜だけ訪れ、早朝には花”婿”の母方へと帰るという結婚の形態がある。子供は父親によって育てられるというより、母系の一族の人々に育てられる。要するに結婚後も別居している。別の集団扱い。日本においても古墳時代において妻問婚は一般的だったという説がある。妻問婚は平安時代まで継承されたという。江戸時代において家制度が確立し、父系制へと移行していく。

    ・現在の世界での大半は、父系制。昔は母系制が一般的だったという説がある。最先端の西洋の父系制へと進歩していく、というような「進化論」や、進歩した文化の影響を受けて父系制になっていく、というような「伝播論」が主張されていく。

    ・ある民族が母系制で遅れている、ある民族はある民族の影響を受けて父系制へと変化していった、〇〇制の起源は〇〇だ、というような議論に実用性はあるのか。大事なのはある制度や習慣が、その社会で現在どのように機能しているか、どのような欲求を満たしているのか、社会の維持に貢献しているのか、というような全体との関連。父系制以外の他の要素が各社会ごとに異なるので、制度の役割も異なってくる。西洋の目を通してだけ見るのではなく、原住民の目を通して現象を観察することが重要(参与観察)。

    「母系制社会では、原則として母系出自の原理に基づいて社会集団が形成される。子どもは、母方の血縁集団に帰属し、父親は別の集団成員で「よそ者」とされる。つまり、夫婦同士はまったく別の集団に帰属することになる。集団は土地や家屋などの共同財産を所有し、それは代々母から娘へと相続される。男性成員の獲得した個人所有財は自分の子どもではなく、姉妹の子どもであるオイ・メイに相続され、世襲財化される。出自と財産の相続は女系ラインで行われるが、財産の管理・運営権と集団全体の支配・統制権は男系ラインで行われる。これを男系ラインの1つのラインで行う父系制社会と比較すると、母系制社会の構造は非常に複雑であることがわかる[前田2006:18]。」

    伊澤花菜「インドネシア・ミナンカバウ族の母系制社会」4P(URL)

    ロバートマートンによる人類学における機能主義への批判

    ロバート・キングマートンとは

    POINT

    ロバート・キング・マートン・(1910~2003):アメリカの社会学者。機能主義者。機能と逆機能、顕在的機能と潜在的機能の区別、予言の自己成就、中範囲の理論などで知られている。機能分析で業績を残した。

    マートンは(主に人類学の)機能主義を社会学の分析方法として整備した人物。師であるパーソンズを批判したことで知られている。

    ※マートンについての理論を今回は詳説しない。ざっくり扱って終わる。

    3つの公準の批判

    1. 機能的統一の公準:機能が何らかの全体に対して関わるという仮定。→同じ社会でもある集団にとっては機能的、違う集団にとっては逆機能的ということがありうると批判。
    2. 普遍的機能主義の公準:全てのものが何らかの機能をもつという仮定。→はじめから結論として採用されるべきものではなく、経験的に確証されるべきだと批判した。
    3. 機能的必須要件の公準:その機能がなくてはならないという仮定。→同じような機能を果たせるものもあると批判した。

    →どの公準も自明の前提とされているが、マートンは経験的に確認すべき仮説にすぎないと批判した。確認すべきというのは、因果関係がありうると考えること。

    「そこで、マートンは、マリノフスキーとラドクリフ・ブラウンの機能分析をその検討の出発点に求めている。そして、彼は、人類学の機能分析が三つの、しかもきわめて疑わしい公準に拠っていたことを明らかにした。『公準』とは、自明に近い基本的仮定であって、議論の出発点である。」

    「社会学の歩み」,152P

    「第一は一体性、第二は普遍性、第三は不可欠性である。……機能主義といわれる立場はこの三つの公準のどれかを前提にするが、実はどれも必ず成り立つとはいえない。つまり、これらは本来、自明の前提になるものではなく、成り立つかどうかを経験的に確認すべき仮説にすぎない。そこから出発する必要がある、とマートンはいう。」

    佐藤俊樹「社会学の方法」,233-234P

    1:一体性(社会の機能的統一の公準)
    POINT

    機能的統一の公準(postulate of functional unity)・標準化された社会活動や文化項目が全体の社会体系または文化体系に対して機能的だという仮定。

    ・問題点

    (1)統合の程度は経験的な事柄であって、同じ社会においても時代によって変わるし、また社会の種別によっても異なるということ。(2)社会的な慣例や事象は、同じ社会内でもある集団にとっては機能的であり、他の集団にとっては逆機能的なこと。

    たとえばある儀式が社会の統合を高めていたとしても、ある特定の集団には逆に統合を低めているというケースも有りうるのではないか。全体に対して機能的だと予め決めつけるのではなく、経験的に実証していくべき事柄であるという。

    「第一は、《社会の機能的統一の公準》である。それは、標準化された社会活動や文化項目が全体の社会体系または文化体系に対して機能的だという仮定である。この公準の問題点は、次の二点にある。(1)統合の程度は経験的な事柄であって、同じ社会においても時代によって変るし、また社会の種別によっても異なるということ。(2)社会的な慣例や事象は、同じ社会内でもある集団にとっては機能的であり、他の集団にとっては逆機能的なことがある。」

    「社会学の歩み」,152P

    「古典的な機能分析の公準の一つ。ラドクリフ=ブラウンによれば、社会システムのあらゆる部分が、かなりの調和また内的な論理一貫性をもっていることをさす。マートンにより徹底的に批判された公準の一つ。」

    「社会学小辞典」,107P

    「一体性というのは、機能が何らかの全体に対して関わることをさす。」

    佐藤俊樹「社会学の方法」,233P

    2:普遍性
    POINT

    普遍的機能主義の公準(postulate of universal functionalism)・「すべての文化的項目(慣習・物質的事物、観念など)は、何らかの活動的な機能を果しているという」仮定。

    普遍的機能主義の公準は、経験的に確証されるべき主張であって、はじめから結論として採用されるべきものではないからであるとマートンは批判した。

    「第二は、《普遍的機能主義》の公準である。標準化学者は、進化論者にとって中心的な《生き残り(サーバイバルズ)》という概念に反対する余り、この公準を提唱したとみられる。だが、この公準の問題点は、次の点にある。すなわち、文化または社会構造のどの項目も何らかの機能はもっているかもしれないが、そうした項目のすべてがすべてにたいして同じ意味で機能的であると断言することはできない、という点である。」

    「社会学の歩み」,152P

    「古典的な機能分析(主としてラドクリフ=ブラウンや、マリノフスキらの人類学)において採用されていた公準の一つ。『すべての文化的項目(慣習・物質的事物、観念など)は、何らかの活動的な機能を果している』と主張する。 マートンは『社会理論と社会構造』(1949)において、この公準を徹底的に批判した。普遍的機能主義の公準は、経験的に確証されるべき主張であって、はじめから結論として採用されるべきものではないからである。」

    「社会学小辞典」,538P

    「普遍性とは、全てのものが何らかの機能をもつことをさす。」

    佐藤俊樹「社会学の方法」,233P

    3:不可欠性
    POINT

    機能的必須要件の公準(postulate of functional indispensability)・「あらゆる種類の文明において、すべての慣習、物質的事物、観念は何らかの活動的な機能を果し、何らかのなしとげるべき仕事をもっており、活動全体の中で不可欠の部分をなしている」という仮定。

    不可欠性とは、機能のそれなのか、機能を果す項目のそれなのか、それとも両者を含むものなのか、全く不明であり、したがってきわめて曖昧な主張だとマートンは批判した。

    「第三は、《不可欠性の公準》である。マリノフスキーは『あらゆる種類の文明において、すべての慣習、物質的事物、観念は何らかの活動的な機能を果し、何らかのなしとげるべき仕事をもっており、活動全体の中で不可欠の部分をなしている』と主張している。この公準で仮定される不可欠性とは、機能のそれなのか、機能を果す項目のそれなのか、それとも両者を含むものなのか、全く不明であり、したがってきわめて曖昧な主張だということになる。」

    「社会学の歩み」,153P

    「マートンが批判した機能主義人類学の三つの公準の一つ。いかなる文明においても慣習、モノ、観念や信仰は、他のものには代替できない不可欠な社会的・文化的機能を果たす項目とみなされてきたが(とくにマリノフスキ)、マートンはこれに対して、『同一の項目が多様な機能をもつことがあるように、他の項目であってもそれと同等の機能を果たしうるものがある』と反論して、新たに機能的代替項目(functional substitutes),機能的等価項目という概念を代置する必要を説いた(『社会理論と社会構造』1949,1957)。なお、パーソンズの用いる機能的必須要件(functional imperatives)は機能的(先行)要件(functional [pre] requisites)と同義である。」

    「社会学小辞典」,108P

    「不可欠性は、その機能がなくてはならないことをさす。」

    佐藤俊樹「社会学の方法」,233P

    十分条件と必要条件、目的論的説明への批判、パーソンズとの関連、中範囲理論等の説明

    ・パーソンズの問題点は、ざっくり言えば「具体的な社会現象を直接説明するには抽象的すぎる」ということ。社会学者のライト・ミルズは「誇大理論」とも揶揄している。

    ・マリノフスキーやラドクリフ=ブラウンの分析は、具体的な分析ではあるが応用性がうすく、一般理論を構築できない(特殊理論にとどまる)。特定の社会でしか使えない。

    ・マートンの中範囲の理論とは、社会調査(サーベイ調査)をもとに具体的に検証可能な状態で特殊理論を作り上げ、それらを社会学理論の一般的な理論へとつなげようとする理論であると言える。橋渡しの理論。調査によって検証可能な仮説を導き出せる範囲に抽象度を絞る、というイメージのほうがわかりやすい。具体的な調査と抽象的な仮説の構築を交互に繰り返し、適切な範囲を探っていく。抽象度が高すぎると、ああもいえるしこうもいえる、というような使いにくい理論になる。

    ・AによってBが生じているというのは因果の経路

    例:儀式(A)によって社会連帯(B)が生じている

    ・だからといって、社会連帯(B)にとって儀式(A)が不可欠だ、とはいえない。つまり、Aは十分条件ではあるが、必要条件ではない。他の法律(C)によっても可能かもしれない(機能的等価)。あるいは一つの原因によって複数の結果が生じるかもしれない。ある集団の社会連帯を弱め(逆機能)、他の集団の社会連帯を強めた(機能)かもしれない。マートンは「因果関係がありうる」と経験的に確認できるもの、因果関係のありかたのひとつを「機能」と呼んだ

    ・ラドクリフ=ブラウンやパーソンズは目的論的。

    ・社会秩序にとってAGILの各機能が必要条件(必要不可欠、機能的要件)だ、というのがパーソンズの考え。

    ・たとえば適応、目標達成、統合、潜在的パターン維持の四つの機能を充たさないと社会は成立しないとパーソンズは考えている。あらかじめ目的論的に、4つの機能がある、と決めている。目的論的とは、結果によって現象を推論すること。いま社会秩序がある(結果)、社会を見ると4つの機能がある(原因)という順番。マートンは機能を因果の経路(原因があって結果があるという順番)によって考えようとした。パーソンズによれば社会全体は4つの機能からなるが、マートンは全体には明確な基準が与えられているわけではないと考え、観察する側が全体をどのような範囲をとるかによって変わると考えた(機能は範囲との関わりによって変わり、範囲は観察側の取り方によって変わる)。そして切り取る範囲を変えると、別の機能が見えてくる(顕在的機能と潜在的機能)。

    「機能主義といわれる立場はこの三つの公準のどれかを前提にするが、実はどれも必ず成り立つとはいえない。つまり、これらは本来、自明の前提になるものではなく、成り立つかどうかを経験的に確認すべき仮説にすぎない。そこから出発する必要がある、とマートンはいう。確認すべき、というのは言い換えれば、そういう因果関係がありうると考えられる、ということだ。パーソンズとマートンは『機能主義者』として一括りにされやすいが、論理構成が全くちがう。マートンにおいて、機能とは因果関係の一つのあり方にすぎない。それが特別な性質をもった場合に、特に『機能』と呼ぼう、と主張したのである。」

    佐藤俊樹「社会学の方法」、234P

    ※マートンに関する他の文章も基本的には佐藤さんの文章や「社会学のあゆみ」を参考にしています。今回はマートンに関して深掘りできていないので、詳細は次回以降扱う予定です。

    今回の主な文献

    参照論文(論文以外を含む)

    1:出口顯「社会人類学における反復と連続」(URL)

    2:松木啓子「コミュニケーションにおける儀礼的諸相の再考察 :「連帯」と「聖なるもの」をめぐって」(URL)

    3:中野正大「社会学的機能主義の再検討」(URL)

    4:清水昭俊「忘却のかなたのマリノフスキー : 1930年代における文化接触研究」(URL)

    5:薄井明「ゴフマンの「隠れジンメリアン」疑惑―従来のゴフマン理解の見直し―」(URL)

    6:竹沢尚一郎「フランスの人類学と人類学教育」(URL)

    7:谷口陽子「コンタクト・ゾーンとしての文化人類学的フィールド :占領下の日本で実施された米国人文化人類学者の研究を中心に」(URL)

    8:谷口佳子「マリノフスキー:『日記』と彼をめぐる女性達」(URL)

    9:中野毅「人類進化と文化の形成─現代人間学考2─」(URL)

    10:梅沢隆「機能主義社会学における説明」(URL)

    主要文献

    マリノフスキー「西太平洋の遠洋航海者み」

    マリノフスキー「西太平洋の遠洋航海者」

    ラドクリフ=ブラウン「未開社会における構造と機能」

    ラドクリフ=ブラウン「未開社会における構造と機能」

    ロバート・キング・マートン「社会理論と社会構造」

    ロバート・キング・マートン「社会理論と社会構造」

    汎用文献

    新睦人「社会学のあゆみ」

    新睦人「社会学のあゆみ」

    佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」

    佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」

    大澤真幸「社会学史」

    大澤真幸「社会学史」

    本当にわかる社会学 フシギなくらい見えてくる

    本当にわかる社会学 フシギなくらい見えてくる!

    アンソニー・ギデンズ「社会学」

    社会学 第五版

    社会学

    社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)

    クロニクル社会学

    クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)

    社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像

    社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像

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