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【1ワード社会学第十三回(20)】ハーバーマスの「命令」という例外行為
- 2026/3/29
- ユルゲン・ハーバーマス
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動画での説明
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はじめに
社会学とはなにか
社会学とは、「社会を対象とする学問」のことである。そして社会とは基本的に「人々の社会的行為の相互作用の集まり」を意味する。
なぜ社会学が存在するのかについては多種多様な立場があるが、根本的には「社会を分析し、よりよい社会へ導くため」だといえる。社会とはなにか、どう変動していくのかという事実判断やどうあるべきかという価値判断の両方のバランスをとる必要のある学問である。
【基礎社会学第三六回(1)】エミール・デュルケムの社会学とはなにか、学ぶ意味や価値はあるのか
この動画チャンネルシリーズは創造発見学に位置づけられている。要するに、アイデアをひらめくための情報を学ぼうというわけである。ビジネス、友人関係、学業、さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい。
できるだけ1ワードに説明する対象を絞っていく。
記事の分割
(準備中)
(5) [C]言語行為関連
[5-5]命令は発語内行為的であるが戦略的行為的であるという例外
命令行為は「隠蔽性」がないので戦略的行為とは言えない
さきほどまでの議論を整理すると、コミュニケーション的行為は発語内的成果を主要な目的としているという意味で発語内行為的であった。戦略的行為は発語媒介効果を主要な目的としているという意味で発語媒介行為的であった。
発語媒介行為は発話者が意図をあえて隠すという点にポイントがある。あえて隠すことで了解を通して自分の任意の成果を達成しようとするという点に戦略性、操作性、制御性、支配性が認められる。
しかし、命令では意図を隠すという要素がないにもかかわらず、戦略性が認められてしまうということに対して、ハーバーマスは自己批判を行っている(E・スクイジェイによる批判から示唆を受けたことによる)。
たとえば「タバコを吸うのはやめなさい」とAがBにたいして命令したとする。
この場合、発語内的成果は「命令だということを了解してもらうこと」である(副次的なものとして、喫煙をめてもらうという成果が存在すると言える)。また、特に隠れた意図、発語内意図とかけ離れた発語外意図は一切ないものとする。言語外のなにものかに依存したもの、発話者の気分や意図に依存したものはなく、文字どおりもの(タバコを吸うことを辞めさせることが成果)だとする。
今までの話でいえば、発語内的意図と発語外的意図の関連度が高いケースであるといえる(辞めさせようとしていると了解してもらうことは、実際にやめさせることを成果としていると理解できるのであり、関連度が高い)。
たとえば現実には、隠れた意図として「相手にイライラさせたい」場合もあるかもしれないが、そういうものはないとする。もしそれがわかってしまえば相手は「嫌なやつだ」と思い、意図は実現しないだろう。その意味で戦略的行為だといえてしまうからだ。
つまり、この命令の場合、発話者は自分の意図(狙い、成果、目的)を発話内で明確にしているのである。仮にそれが言語的に明示されていなくとも、普通はそうであるとわかる範囲のものであるとする。
発語媒介効果を主たる目的とする場合、発話者は「主たる目的を隠蔽するという戦略」をとっている必要がある。もし隠蔽するという戦略をとっていないのなら、それは戦略的行為とはいえない。
・特に参考にしたページ
永井彰「コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)」(1993),138p
命令行為は「批判可能性」がないのでコミュニケーション的行為といえない
しかし、戦略的行為ではないからといって、コミュニケーション的行為であるともいえないという問題が生じる。
なぜなら、コミュニケーション的行為であるためには認知と了解という2つの要件を満たす必要があるからである。そして了解は強制的ではない、自発的な承認(合意)に基づく必要があり、自発的な承認のためには妥当性の根拠を伴う必要がある。
命令はその性質上、「相手が納得するかどうかに関係なく、自分の意思を押し通す」という点にある。たとえば裁判官が家宅捜索の命令を出す場合、対象者に納得してもらう必要、それが妥当だと認識してもらう必要は必ずしもない。反論の余地、批判の余地を許さない性質のものなのである。
したがって、合意(承認、相互理解)をめざすものではないという点でコミュニケーション的行為であるとはいえない。
たとえば「税金を支払え」という命令の場合はよりわかりやすく「サンクション(制裁)」がある。従わなければ無理やり徴収したり、利息を支払わせると言ったケースである。
聞き手はその行為に妥当性がないと感じていたとしても、サンクションを受けたくないという理由から聞き手が意図する行為・状態を指向するというわけである。「発語内の力」によって了解を指向するのではなく、「発語外の力」(たとえば権力)によって特定の成果を指向させられるというわけである。
したがって「命令」は隠蔽性がないゆえに発語内行為的であるが、しかし自発的な合意性がないゆえにコミュニケーション的行為ではないということになる。「発語内行為だからコミュニケーション的行為だ」と単純に言えないというわけだ。
・特に参考にしたページ
永井彰「コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)」(1993),139p
ハーバーマスによる修正
ハーバーマスは『コミュニケーション行為の理論』第3版への序文において、命令分析には修正が必要であると自己批判を行っている。つまり、命令はコミュニケーション的行為ではなく、戦略的行為として分類されなければならないとしたのである(これも修正されるのだが)。
一方で、「サンクションをむきだしにして服従をせまるという命令は極端なケースである」ともハーバーマスは序文で述べている。
話し手の命令が正当かどうかについて、聞き手は承認するか否かを選択できる場合もある。生徒が教授の命令に対して妥当性を要求し、合意のために異議を唱えるケースもあるのである。したがって、発語外のサンクションのみによって結果が生じるわけではなく、グラデーションが存在するとみなさなければならないというわけである。
・特に参考にしたページ
永井彰「コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)」(1993),141-142p
参考文献リスト
今回の主な文献
J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」
J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」
中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」
中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」
汎用文献
佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」
大澤真幸「社会学史」
新睦人「社会学のあゆみ」
本当にわかる社会学 フシギなくらい見えてくる
アンソニー・ギデンズ「社会学」
社会学
社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)
クロニクル社会学
社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像
参考論文
永井彰「コミュニケーション行為理論の論理構造 (上)」(1993)[URL]
永井彰「コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)」(1993)[URL]
永井彰「コミュニケーション行為理論の論理構造 (下)」(1993)[URL]
嘉目道人「発語媒介効果の不可逆性とフィクションの倫理的責任」(2020)
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