【1ワード社会学第十三回(2)】ウェーバーの目的合理性・価値合理性

    (3) [A]合理性関連

    [3-1]ウェーバーの目的合理性・価値合理性

    古いタイプの合理性、新しいタイプの合理性

    先程の概括では、社会を分析したり規範を提出するために、その土台として「コミュニケーション的行為」という概念を理解する必要があることを説明した。

    「コミュニケーション的行為」の概念を正確に把握することで、「コミュニケーション的合理性」という新しいタイプの合理性を見出すことができるというわけである。

    これが新しいタイプの合理性だというなら、今までの合理性はどのように考えられてきたのだろうか。

    たとえば社会学者のマックス・ウェーバー(1864-1920)は、社会的行為を「目的合理的行為」、「価値合理的行為」、「感情的行為」、「伝統的行為」の4つに分類した

    【基礎社会学第十四回】マックス・ウェーバーの社会的行為の四類型とはなにか

    ここでいう目的合理性とは、「目的を任意に決めて、その目的をいちばん効率よく達成できる手段を計算して選ぶという合理性の性質」を意味する。

    たとえば「利益」を目的とし、夏はよくアイスが売れるだろうと計算し、予測したうえで「アイスを多く入荷する」という手段を用いた場合は多くの場合、目的合理的行為だといえる。

    一方で、価値合理性とは「計算による結果の効率性ではなく、行為そのものが価値に合致しているという合理性の性質」を意味する。

    目的合理性と価値合理性の区別

    しかし目的合理性と価値合理性の区別は理解しにくい。たとえばプロテスタントが救済の確証という目的を持っていて、その手段として資本の増大を計算し、効率を重視して行為していたとすれば、それはやはり当人にとって目的合理的行為だと言えるのだろうか。

    そもそも「救済の確証を得るため」という明確な目的がある場合と、「救済の確証が得られるかどうかにかかわらず、労働は善いことだからする」という場合は異なるといえる(「救済を得る」と「救済の確証を得る」でも結果のレベルが違うといえる)。

    後者の場合、労働や人助けは善いこと、神の教えに沿うからすべき行為なのであり、その行為によって神からの救済の切符や、救済の確証が得られるという「結果」があるからするわけではないのである。それゆえに必ずしもその善行や労働の質的、量的な「結果」は重要ではないのであり、大事なのはその動機(目的)や信念、行為そのもの、神への信仰があるかどうかなのである。

    心情倫理と責任倫理

    ウェーバーは心情倫理と責任倫理という重要な区別を行っている。

    POINT

    心情倫理自分の絶対的倫理に対して心情の純粋さをもって行為し、その結果が悪くても責任は社会や神などにゆだねられると考える倫理的な態度のこと。

    例:非暴力によって大勢の民が死んでも責任を神にゆだねる宗教的人間など。

    POINT

    責任倫理行為の結果を予測し、結果について責任を自分でとるべきだと考える倫理的な態度のこと。

    責任倫理に応えようとすると、心情倫理には応えられなくなる場合があるとウェーバーはいう。

    例:「国民を守る」という政治家の責任にこたえようとすると「敵兵を殺すことを命じる」必要があり、人を殺すことを命じると「心情倫理(汝、殺すなかれ)」に応えられなくなる。

    極端な心情倫理の場合、具体的な目的によって手段は一切正当化されない。手段は価値・信念と反していてはならないのである。たとえば「命を保持するためならウソをついてもいい」とはならず、「家族をまもるためならウソをついてもいい」ともならない。そのような結果は二の次であり、ウソはよくないと信じていながらウソをつく不誠実さが問題なのである(現実には価値同士の葛藤がある)。

    嘘をつかないことによってどんな結果(自分の死、大事なの人の死)が予想されようが最重要事項ではない。現実的な結果よりも心情倫理を守ることができているか、動機が純粋かどうかが重要になる。もちろんあらゆる意味で責任をもたないのではなく、自分が心情倫理を貫けているかという点に責任をもっている。たとえば命惜しさにウソをついてしまえば、責任を貫けていないといえる。

    一方で、政治家の場合は具体的な目的である国民の命の保持の手段として適切なものを選べているかどうか、その計算ができているかどうかに対して責任をもたなければならないのである。客観的、論理的にその手段を採用するべき根拠を伴っていなければならないのであり、そのうえで責任をもつ必要があるのだ。ウソをつく、他国の兵士を殺すことが心情倫理違反だとしても受け入れ、それでもやはり、と国民の命を守れたという結果を重視しようとすることになる。

    「その政策はとくに結果に関する計算をしていないが、神ならば正しい行いと考えるのであり、神が正しい結果を保証してくれるはず。」では責任倫理的ではない。あるいは、「計算と違う結果になったのは馬鹿な国民のせいであり、権力への抵抗は絶対的に正しく価値のある行為なのである」といった態度も責任倫理的ではない。

    もし神というものがいるのならば、それを信じているゆえに、ある行為をする、ある手段をとるということは理解できる。つまり、合理的であるといえる(パーソンズ的にいえば非合理的ではなく、没合理的である)。

    「神を信じているから、あんな無謀で無責任な人助けをしたのか」といったように理解はできる。逆に言えば、もし神を信じていなければとうてい理解できない非合理的行為だともいえる。ということは、内面を覗かなければ、あるいは一定の文化を想定しなければそれが価値合理的かどうかわからないということになるといえる(外形からは推測するほかない)。

    【基礎社会学第十回】マックス・ウェーバーから「心情倫理と責任倫理」を学ぶ。

    暴力装置と責任性

    ウェーバーによれば政治家は「権力」を追求するものであり、権力とは「他者の抵抗を排してまで、自己の意思を実現しようとする可能性」を意味する。

    とくに国家は「暴力装置を独占する共同体」であるとされている。政治家はこのように、暴力を背景に国民を支配する力を持っているのである。こうした強い力を扱うものが、自分の個人的な心情倫理だけに従って支配行為をするべきではないとウェーバーは考える。政治家は専門家たるべきであり、宗教家と容易に兼業でできるようなものではないのである。

    まとめると、支配行為の結果を予測すべきであり、それが公益に適うものだという因果関係を可能な限り予測し、またその結果に責任を持たなければならないということになる。もちろん単に技術や知識にさえ精通していればいいのではなく、結果を引き受ける覚悟や情熱も重視されている。政治家は情熱、責任感、判断力が資質として要求される。

    もちろん政治家だけではなく、権力を行使しようとするものはそうした責任を追うべきだと言えるだろう。たとえば父親は子どもに対して行為の結果に対する責任を一切負わないとはならないはずである。会社の仕事でももちろん責任を負う場合がある。責任のとり方は辞職の場合や謝罪の場合、あるいは次の行為で示すという場合もあるだろう。

    ある宗教を信じているならば、あらゆる場面で心情倫理が信者に動機の純粋性を要求するかもしれない。それは善い行為かどうか、神の教えに反するかどうかが重要になるのである。たとえばカトリックではそれが死後の救済の有無につながりうる切実な問題なのである。

    逆に、そうした場面ではないような状況ではその限りではないということになるだろう。政治家にもプライベートな時間は存在する。たとえばゲームをするかどうか、ダイエットをするかどうか、そうした非支配的行為にまで責任倫理がつねに要請されているわけではないのである。

    【基礎社会学第八回】マックス・ウェーバーの『職業としての政治』から「支配の三類型」を学ぶ。

    プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

    話を価値合理的行為に戻そう。たとえば「利益を出すために夏にアイスの入荷を減らす」という行為は非効率的(非合理的)だと批判可能である。一方で、プロテスタントからすれば他者からある行為を、「その行為は非合理的だ、成果を出せない、非効率的だ」と批判されたところであまり効果はない。評価のカテゴリー(結果重視/動機・行為重視)が違うのである。

    論理学的、事実的な誤りの指摘は通じないのである。「信仰」のレベルの話であり、そもそも効率や成果を重視していないのだから、批判が的外れである。労働自体が善い行為なのであり、労働の動機の純粋性が大事なのであり、労働が効率的であればあるほど善い行為、結果次第で善い行為というわけではないからである。

    「神など存在しない」と前提を批判されても、「私は信じている」と答えるだけである。前提(信仰、信念)が共有されていない場合は「あなたの中ではそうなのか」とお互いになるだけである。商人の場合は結果と効率を重視しているのであり、重視しているのにも関わらずそれと見合わない行為をしているのはおかしいと言及できる。

    しかし、「資本が増大していないのは神からの救済の対象ではない証拠ではないか」と問われれば、「救済されるかどうかは生まれる前から決まっているはずであり、そんなことは関係がない」とプロテスタントは平静でいられるだろうか。前提を信じきれていれば平静でいられるはずである。しかし不安になった人々がいたのである。

    【基礎社会学第二十二回】マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」とはなにか

    プロテスタントは「労働が単に善いことだからする」という価値合理的行為にとどまっていたわけではなく、「労働を神からの救いの確証と結びつけた」という点がポイントである。つまり、純粋な価値合理的行為ではなく、目的合理的行為へと変わっていったということになる(もちろん救済の確証の重視と救済の切符の重視では結果へのコミットのあり方が違うかもしれないが)。

    労働の成果、つまり資本の増大の度合いと確証の度合いを結びつければ、効率性や計算性、結果が重視されるようになるのである。さらに根本の目的である「神からの救いの確証」という要素すら抜け落ち、貨幣の増大(利益)」が手段から目的へと変わっていくわけである。

    感情的な行為や、単に昔からそうだからという理由でする伝統的な行為に代わり、近代では価値合理的行為や目的合理的行為が増えていった。

    そして目的合理的行為が支配的になっていくことで近代化が完成するというのがウェーバー的な歴史の流れの理解だということになる(自己責任という言葉がよく聞かれるようになるのは、責任倫理の重視へ傾いていったこととも関係するかもしれない。)。

    理解とはなにか

    ウェーバーは「理解における明確性」のタイプを「合理的なもの」と「感情的なもの」に分類している。

    合理的なものは論理的なものと数学的なものに分かれるという。たとえば「全ての人間は死ぬ」、「ソクラテスは人間である」、「したがってソクラテスは死ぬ」という三段論法的な理解は「合理的なもの」である。1+1=2であるという理解も、計算規則に従えば一義的に決まるものであり、「合理的なもの」である。責任倫理はこの意味における理解可能性を(主に)意味するといえる。

    一方で、「侮辱されたから私は怒ったのだ」という他者の言明を我々は理解することができる。しかし論理学的なものでも数学的なものでもなく、追体験的、感情的、意味連関的に我々は理解できるという意味である。心情倫理は主にこの意味における理解可能性を意味するといえる。

    もちろん、侮辱が怒りに繋がらないという社会もあると想定すれば、理解できない人間がいてもおかしくはない。神を信じているかどうか、利益が重視されるかどうかなどの諸前提自体は人それぞれ、社会それぞれであるといえる。ある前提に基づけばある行為が理解可能だというわけであり、その前提自体は客観的に証明しにくいものだといえる。論理必然でも物理因果でもなく、意味必然的な度合いで理解できるわけだ。もっとも、ウェーバーは「ふつうはこういう意味連関だ」というような類型性・平均性もこのタイプに含めている。

    【基礎社会学第十四回】マックス・ウェーバーの社会的行為の四類型とはなにか

    参考文献リスト

    今回の主な文献

    J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」

    J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」

    中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」

    中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」

    汎用文献

    佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」

    佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」

    大澤真幸「社会学史」

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    新睦人「社会学のあゆみ」

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    本当にわかる社会学 フシギなくらい見えてくる

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    アンソニー・ギデンズ「社会学」

    社会学 第五版

    社会学

    社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)

    クロニクル社会学

    クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)

    社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像

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    蒼村蒼村

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