【1ワード社会学第十三回(3)】パーソンズにおける合理性理解

マックス・ウェーバー

動画での説明

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はじめに

社会学とはなにか

社会学とは、「社会を対象とする学問」のことである。そして社会とは基本的に「人々の社会的行為の相互作用の集まり」を意味する。

なぜ社会学が存在するのかについては多種多様な立場があるが、根本的には「社会を分析し、よりよい社会へ導くため」だといえる。社会とはなにか、どう変動していくのかという事実判断やどうあるべきかという価値判断の両方のバランスをとる必要のある学問である。

【基礎社会学第三六回(1)】エミール・デュルケムの社会学とはなにか、学ぶ意味や価値はあるのか

この動画チャンネルシリーズは創造発見学に位置づけられている。要するに、アイデアをひらめくための情報を学ぼうというわけである。ビジネス、友人関係、学業、さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい。

できるだけ1ワードに説明する対象を絞っていく。

記事の分割

(準備中)

(3) [A]合理性関連

功利主義、およびパーソンズにおける合理性理解

ホッブズ的秩序問題

行為理論には実証主義的なものと理想主義的なタイプの2つが主にあると社会学者のパーソンズはいう。

極端な実証主義タイプでは人間の目的の選択は遺伝や環境といった条件から決定論的に分析可能であり、目的とは効用を最大化させるようなものだと考えられている。

手段も目的を最大化させるようなものだと考えられ、この場合に人間の主体的な要素はほとんどない。古典的な経済学などはこのイメージかもしれない。

功利主義的行為理論の場合、人間の目的は「ランダム(任意)」であるとされ、決定論的な立場がとられていない。たとえば「金銭的利益」を目的にするのか「正義」を目的にするかなどは遺伝や環境によって完全に決定されるものではないとする。

ただし、目的に対する手段は合理的であり、効用を最大化するように選択されるというモデルで考えられている。この意味で、先程の目的合理的行為モデルとほとんど一致する。

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POINT

ホッブズ的秩序問題国家や社会もない、バラバラの個人(原子論的個人)という想定をした場合にいかにして社会秩序が生成されるかという問題。

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功利主義ではこの問題を解けないとパーソンズは批判した。目的がランダムな場合を想定し、手段のみ合理的と考えると万人の万人に対する戦い(戦争)が帰結するというわけである。つまり、社会秩序が生成されない。

なぜなら暴力や詐欺といったものが目的達成のための合理的な手段として選択されるからである。

目的は自分勝手に設定され、平和や愛といった特定のものに収束するわけではない。かといって目的も計算的、合理的に設定されると考えた場合、決定論的になり、主意主義的要素が消える。どちらを選んでも行為をうまく分析することはできないというわけだ。

実証主義以外には理想主義的行為理論があるという。たとえば「神」がもち出され、神が人間に目的を与えたという理想をまずは掲げ、そこから手段などが規定されていくというわけである(流出論)。これは先程見たように価値合理的行為のモデルに近い。

実証主義にせよ理想主義にせよ、人間の自発性(主意主義性)は薄いとパーソンズは批判する。

【基礎社会学第十七回】タルコット・パーソンズの「ホッブズ的秩序問題」とはなにか

主意主義的行為理論

パーソンズは行為理論として、新たに主意主義的行為理論を主張している。

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POINT

主意主義的行為理論行為を分析の基礎単位として考え、行為を規定する要素を遺伝や環境といった条件だけではなく規範をも考慮し、さらにその規範を科学的・合理的なものだけではなく宗教といったような没合理的なもの(非合理的なものとは区別される)を含めることにより、行為者を規範へ意志をもって努力する存在として主意主義的に構成された行為理論のこと。

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図にすればこのようになる。

端的に言えば「人間は規範的志向をもち、価値を共有するので秩序問題は解決する」とされたわけである。

主意主義とは一般に、意志や感性を知性や理性よりも優先させる立場である。もし遺伝や環境だけに意思が決定されると考えれば、非主意主義的である。人間には能動性や選択性といった自由があり、遺伝や環境だけでは決定されないと考えれば主意主義的である。

パーソンズの場合は「規範に対して積極的に関心をもとうと意思を持って努力する」という意味合いが強い。規範をいくらでも任意に設定し、志向することができるという意味合いではない。

たとえば「嘘をついてはいけない」という道徳(価値・規範)に従うことは、一見不自由に思える。

自由に嘘をつきたいのにつけない場合があるからである。しかし哲学者のイマニュエル・カントいわく、「道徳に従うがゆえに人間は自由だ」という。要するに、自分勝手な目的や手段の選択が「自由意志による選択」なのではなく規範に方向づけられた上での目的や手段の選択、およびその実現への努力が「自由意志による選択」という考えであり、主意主義的要素であるということになる。

まとめると、パーソンズにとって合理性とは遺伝や物理的環境といった条件における合理性だけではなく、宗教や伝統といった没合理性(ウェーバー的にいえば価値合理性)をも提唱したということになる。

人間は条件的な合理性と規範的な合理性の二つのタイプに規定されて行為を行うことで社会秩序が成り立っていると想定したことになる。

パーソンズへの批判としては、「そもそも規範がどうやって生成されるか妥当な説明を与えず、所与のものとして扱われている」というものがある。いわゆる論点先取りである。

「価値・規範によって人間は規定されるから(現在)社会秩序が成り立っている」という記述的な説明は可能だが、「そもそも、無秩序な状態から最初にどのようにして価値・規範が生じたのか」という生成論的な説明がないというわけだ。デュルケムならば、原初的には集合的沸騰においてだと説明するかもしれない。

【基礎社会学第十九回】タルコット・パーソンズの「主意主義的行為理論」とはなにか

ハーバーマスとパーソンズ

ハーバーマスはパーソンズを批判的に継承している。

「価値や規範」が社会秩序に寄与していることをハーバーマスは認めている。そして、どうやって社会秩序が生成されるかを所与とせず、「コミュニケーション的行為」によって価値や規範が生成・維持・変更されていくと説明するのである(原初的にどのようにして生成されるのかは、結局はそのような能力がどうやら人間に備わっていて相互作用において発現する、発展するというようなイメージではないだろうか。いずれにせよハーバーマスはそのような思弁的な議論よりも、現実の記述や、これからのあるべき姿へ力点を置く)。

生成・維持・変動など、より多角的に社会秩序を説明する「コミュニケーション行為理論」を「主意主義的行為理論」に代わりうるものとしてハーバーマスは主張していくのである。

ここで大事なのは行為理論自体が否定されているわけではないということである。一方で、行為理論を否定してシステム理論を構築していくのがルーマンであるといえる。

参考文献リスト

今回の主な文献

J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」

J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」

中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」

中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」

汎用文献

佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」

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大澤真幸「社会学史」

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新睦人「社会学のあゆみ」

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本当にわかる社会学 フシギなくらい見えてくる

本当にわかる社会学 フシギなくらい見えてくる!

アンソニー・ギデンズ「社会学」

社会学 第五版

社会学

社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)

クロニクル社会学

クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)

社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像

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参考論文

永井彰「コミュニケーション行為理論の論理構造 (上)」(1993)[URL]

永井彰「コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)」(1993)[URL]

永井彰「コミュニケーション行為理論の論理構造 (下)」(1993)[URL]

嘉目道人「発語媒介効果の不可逆性とフィクションの倫理的責任」(2020)

 

 

 

 

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