動画での説明
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はじめに
社会学とはなにか
社会学とは、「社会を対象とする学問」のことである。そして社会とは基本的に「人々の社会的行為の相互作用の集まり」を意味する。
なぜ社会学が存在するのかについては多種多様な立場があるが、根本的には「社会を分析し、よりよい社会へ導くため」だといえる。社会とはなにか、どう変動していくのかという事実判断やどうあるべきかという価値判断の両方のバランスをとる必要のある学問である。
【基礎社会学第三六回(1)】エミール・デュルケムの社会学とはなにか、学ぶ意味や価値はあるのか
この動画チャンネルシリーズは創造発見学に位置づけられている。要するに、アイデアをひらめくための情報を学ぼうというわけである。ビジネス、友人関係、学業、さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい。
できるだけ1ワードに説明する対象を絞っていく。
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(準備中)
(8) [F]治療法関連
[8-1]【病原】「生活世界の植民地化」とは
ハーバーマスの「生活世界の植民地化」とはなにか、意味、定義、わかりやすく解説
生活世界の植民地化:本来はコミュニケーション的行為があるべき生活世界で、戦略的行為が取って代わってしまうこと。社会統合とシステム統合が競合し、行為調整をシステム統合が取って代わり、生活世界の役割が不健全な形で解体されていく現象だといえる。
第一に、「本来コミュニケーション的行為があるべきところ」とはいったいどのような状況・領域・文脈なのだろうか。
生活世界で重要なのは文化の伝承・変化、社会的連帯、人格の形成であった。つまり、これらの機能に直接的に関連するような領域だということになる。たとえば医療の現場においては患者との対話によって治療のあり方が決まるべきだとすれば、対話をせずに病院が利益を出せるかどうかのみかによってシステム的に決まるあり方は「生活世界の植民地化」だといえるかもしれない。
第二に、コミュニケーション的行為があるべきところに戦略的行為が「取って代わる」とはどういう事態なのか。
さきほど両義性において、貨幣はコミュニケーションの「補助」となる、選択肢の増大、自由の性質の変化をもたらすポジティブな側面としても評価されていた。人と人との意思疎通を補助するようなタイプのシステム的合理性もあるということになる。物質的再生産が生活世界の維持にポジティブに寄与している場合もあれば、物質的再生産のために生活世界がネガティブに利用されてしまう場合もあるというわけだ。単に恩恵を受けるだけではなく、犠牲を強いられる場合があるのである。
たとえば今までは「対話」において価格が決定されていたが、近代化によって「市場というシステム」においてシステム合理的に価格が決定されるようになったとする。これは対話的コミュニケーションがシステム的作動に置き換わっている。
対話的な売買が、非対話的な売買に置き換わっている。これだけで犠牲かどうか、病理かどうかを判定することは難しい。
・特に参考にしたページ
大澤真幸,「社会学史」,講談社現代新書,第二刷,529p
「本当にわかる社会学」,現代位相研究所編,第四刷,228p
「クロニクル社会学」,有斐閣アルマ,第一六刷,143p
「生活世界の技術化」とはなにか、意味、定義、わかりやすく解説
ハーバーマスは「植民地化」という言葉以外にも、「技術化」や「貧困化」という言葉を用いている。
いずれも「代替」というニュアンスは共通しているが、「内的植民地化」や「貧困化」はネガティブな側面の強調であり、「技術化」はポジティブな側面の強調であるという印象を受ける。もちろん、これらは同じ事態の異なる側面であり、単に技術化がポジティブだという趣旨ではない。
市場システム(技術システム)によって、今まで対話によって費やしていた時間やエネルギーが軽減され、意思疎通が円滑になる場合は「技術化」であるといる。法システムの発展によって対話によって問題を解決するのではなく、法で形式的に決着をつけることも増えている(法で解決すべきではない場面もあるかもしれないが)。
つまりこの側面の場合は生活世界の意思疎通の補助として、ポジティブにも評価されうるのである。
・特に参考にしたページ
中岡成文「ハーバーマス」,講談社,173p
中岡成文「ハーバーマス」,講談社,288p
「生活世界の内的植民地化」とはなにか、意味、定義、わかりやすく解説
ハーバーマスは「内的植民地化」という言葉も用いている。一般に植民地化とは、「ある集団・国家・体系が、他の地域や領域に進出し、 政治的・経済的・文化的支配を確立する過程」を意味する。
内的植民地化:生活世界の植民地化が特に人格の形成に病的な影響を与える現象のこと。とくに文化的再生産の領域への越境(侵食)が重要となる。
一般的な植民地化のイメージは以下のような過程をたどる。たとえば戦争において軍事的制圧を相手の国にまず行い、相手の抵抗力を奪う。相手の国の政治制度、法制度、文化などを自分の国の利益になるような形で変容させる。たとえば自分たちの国のための労働をさせたり、資源を獲得させたりするのである。上辺では「あなたたちのためだ」と言うかもしれない。
自分たちの目的が第一であり、暴力などの権力を背景とした同意を強制し、了解といった意思疎通は二の次であるという意味で戦略的だといえる。
内的植民地化は同じ全体社会の内部において、システムが生活世界を「単なる手段」として従属させるというようなイメージとなる。
たとえば教育は「健全な人格形成」、「文化の伝承」といった目的を担ってきた。しかし、教育がそうした目的のためではなく、経済システムのため、あるいは政治システムのためといったように、単なる手段、悪くいえば奴隷となってしまうこともある。
教育では、学校は人格形成よりも進学率や就職率といった量的な評価が重要になっていく。経済成長のための教育という二次的な位置づけになっていくわけである。具体的に日々生きていく人々の生活のためというより、経済システムの維持のため、政治システムの維持のためといった手段の目的化がはじまり、その転倒した目的の手段として人々の日々の生活が位置づけられてしまうのである。
たとえば公共事業では本来、市民が意思疎通によってどういう施設が重要かを決定するという側面がある。しかし、建設業者が自らの利益だけを目的として、公共事業を単なる手段としようとする場合もある。効率性や操作性、利益性ばかりが求められていくのである。
家族内でも偏差値やIQといった量的な指標、どれだけいい仕事に就いて利益を出せるかという目的意識が重要になっていく。
科学の領域では意思疎通よりも研究資金の獲得が重要になっていく。福祉の領域では単なる行政的な手続きが重視されるようになる。医療の領域では対話よりも保険の点数が重要になる。もちろん名目的には社会のため、人々の暮らしのため、自分たちの生活のためかもしれないが、しかしほんとうにそうだろうか、と一度立ち止まる必要があるのかもしれない。また、全てが虚偽であると極端に断罪することに対しても立ち止まる必要がある。
ジンメルも個人化と社会化にはコンフリクトが生じることを指摘していた。さらに所属する社会はひとつではなく、近代化に伴って複数に増えていく。また、複数に所属することでさらに個人化、個性化、多様化が進んでいく。
しかしそれぞれの社会の範囲ごとに、個人を一面化しようとする力がある。「われわれの正しさに従え」と規定してくるのである。職場では「利益や効率を重視しろ」と個人に責め立て、家族では「利益よりも子どもを大事にしろ」と個人に責め立て、宗教では「良心を信じろ」と個人に責め立て、友人は「もっと友情を大事にしろ」と責め立てる。
それぞれの社会がそれぞれの一面化を責め立て、さらにそれぞれの社会同士が対立的に、お互いを手段化しようと争っている。
それぞれの領域でそれぞれすべきことがあるときっちり区別でき、それらが相補性を、つまりお互いを高められるような生活世界の技術化ならまだいいが、侵食、衝突し合っている場合は問題となる。支配は服従を促し、服従はさらなる支配を促していくというエスカレートする性質をもつので問題となりやすいといえる。
そんなコンフリクトの状態で人々の精神は平常ではいられないことがある。もはや複雑に個性化した個人が何を考えているのか、よくわからない。ダブルコンティンジェンシーが容易に解消されない事態も出てくる。
このようにして「他者への信頼」が薄れていく可能性もあるのである。そして「自分がどうあるべきか」というパーソナリティについても不安になっていくのである。こうした内的植民地化はハーバーマスにおいて近代社会の病理の根底であると解釈されている。
・特に参考にしたページ
中岡成文「ハーバーマス」,講談社,173p
中岡成文「ハーバーマス」,講談社,175p
中岡成文「ハーバーマス」,講談社,288p
「生活世界の貧困化」とはなにか、意味、定義、わかりやすく解説
「生活世界の貧困化」は「生活世界の内的植民地化」にかなり近い概念だといえる。具体的には文化の伝承や社会的連帯の維持、人格の形成といった再生産能力が弱まる事態を意味する。
文化とはなにか、どういったものを継承し、変化させていくべきか、人間はどうあるべきで、なにをするべきで、社会はどうなっていくべきかといったことを日常生活において人びとはコミュニケーションしなくなっていく。
こうしたことを考えるのは「専門家」であり、日常で考えることではないとみなされるようになるのである。たとえば科学者だったり政治家がその役割を担うということになる。実際、われわれのほとんどは科学的な仕組みや政治的な仕組みの専門的な内容をほとんどよく理解していない。それゆえに話し合うことも少ない。当事者ではなく「お客様」のような気分で接しているわけである。
真善美が、科学、政治・法、芸術が生活世界において一体的であった時代から、それぞれが機能分化し、自律していく。生活世界で担う役割や機能が乏しくなり、システムによる行為調整に依存する傾向は増大していくことになる。
・特に参考にしたページ
中岡成文「ハーバーマス」,講談社,173p
中岡成文「ハーバーマス」,講談社,288p
参考文献リスト
今回の主な文献
J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」
J.(ユルゲン) ハーバーマス (著), 河上 倫逸 (翻訳), 平井 俊彦 (翻訳) 「コミュニケイション的行為の理論 上」
中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」
中岡成文「ハーバーマス (現代思想の冒険者たちSelect)」
汎用文献
佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」
大澤真幸「社会学史」
新睦人「社会学のあゆみ」
本当にわかる社会学 フシギなくらい見えてくる
アンソニー・ギデンズ「社会学」
社会学
社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)
クロニクル社会学
社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像
参考論文
永井彰「コミュニケーション行為理論の論理構造 (上)」(1993)[URL]
永井彰「コミュニケーション行為理論の論理構造 (中)」(1993)[URL]
永井彰「コミュニケーション行為理論の論理構造 (下)」(1993)[URL]
嘉目道人「発語媒介効果の不可逆性とフィクションの倫理的責任」(2020)



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