【1ワード社会学第十二回(1)】オースティンの言語行為論:行為と発話の違いとは

    動画での説明

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    はじめに

    社会学とはなにか

    社会学とは、「社会を対象とする学問」のことである。そして社会とは基本的に「人々の社会的行為の相互作用の集まり」を意味する。

    なぜ社会学が存在するのかについては多種多様な立場があるが、根本的には「社会を分析し、よりよい社会へ導くため」だといえる。社会とはなにか、どう変動していくのかという事実判断やどうあるべきかという価値判断の両方のバランスをとる必要のある学問である。

    【基礎社会学第三六回(1)】エミール・デュルケムの社会学とはなにか、学ぶ意味や価値はあるのか

    この動画チャンネルシリーズは創造発見学に位置づけられている。要するに、アイデアをひらめくための情報を学ぼうというわけである。ビジネス、友人関係、学業、さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい。

    できるだけ1ワードに説明する対象を絞っていく。

    記事の分割

    【1ワード社会学第十二回(1)】オースティンの言語行為論:行為と発話の違いとは(今回の記事)

    【1ワード社会学第十二回(2)】オースティンの言語行為論:事実確認的発話と行為遂行的発話

    【1ワード社会学第十二回(3)】オースティンの言語行為論:「顕在的遂行発話」と「原初的遂行発話」の違い

    【1ワード社会学第十二回(4)】オースティンの言語行為論:適切性の条件とは

    【1ワード社会学第十二回(5)】オースティンの言語行為論:「発語行為」とはなにか

    【1ワード社会学第十二回(6)】オースティンの言語行為論:ウィトゲンシュタイン、デイヴィットソンにおける「理由と原因の違い」とは

    【1ワード社会学第十二回(7)】オースティンの言語行為論:オースティンによる暫定的な発語内行為の分類リスト

    【1ワード社会学第十二回(8)】オースティンの言語行為論:教訓

    オースティンの「言語行為論」

    「言語行為論」とはなにか、意味、定義、わかりやすく解説

    定義
    POINT

    言語行為論(英:Speech act theory):発話は何かを「単に陳述する」という機能だけではなく、発話それ自体がコンテクストに依存した行為として同時的に機能することで多様な機能を現実に生じさせていると考える主張、理論のこと。

    言語行為論の基礎はイングランド生まれのジョン・ラングショー・オースティンによって創始され、アメリカ生まれのジョン・サールによって精密に理論化されている。

    オースティンは社会学者ではなく、哲学者である。しかし社会学者であるハロルド・ガーフィンケルやユルゲン・ハーバーマスなどに影響を与えている重要な人物である。この次の動画で扱う予定のハーバーマスの『コミュニケーション的行為の理論』を学ぶ際の前提知識となるものである。1962年にオースティンによる『言語と行為』(How to Do Things with Words)が出版され、言語行為論が説明されている(1955年の講義がオースティンの没後にまとめられたもの)。

    言語分析哲学について
    POINT

    言語分析哲学(英:analytic philosophy of language):哲学的問題を言語の意味・使用・論理構造の分析によって整理・理解しようとする、あるいはそれだけで解決できるとする哲学のこと。

    オースティンの言語行為論は大きな枠組みでいうと「言語分析哲学」に属し、そのなかの「日常言語派」に位置する。※今回、言語分析哲学の歴史全体を詳細に検討することはできない。

    (極めてざっくりと)言語分析哲学の影響の流れを図で整理すれば、上の図のようになる。

    ただし、オースティンがウィトゲンシュタインの名前に言及したことはなく、影響関係は不明瞭である。※ウィトゲンシュタインがオースティンに影響を与えていた可能性があると主張する論文もある。

    Daniel W. Harris & Elmar Unnsteinsson 「 Wittgenstein’s influence on Austin’s philosophy of language」(2018)。

    「行為」と「発話」は違うのか

    「行為」とはなにか、意味、定義、わかりやすく解説

    オースティンは「ある文を述べることは行為の遂行そのものであるか、あるいはその遂行の一部分をなすことであり、この行為が何かを言うことだけとして扱われることは考えられない」と述べている。

    「行為」とはいったいなにか、整理する必要がありそうだ。ただし、オースティンは行為を厳密には定義していない。後述するように、遂行的な発話とそうではない発話を分類し、例示していくという手法をとっている。

    「単に何かを言うこと」はいわゆる「陳述」である。そして陳述も一種の「行為(発話行為)」である。それゆえに、発話は行為とは無関係なものではない。また、それゆえに、「発話は行為である」というオースティンの視点に新しさを感じることはできない。

    ここで大事なのは、オースティンは行為を、「遂行を伴うタイプと、伴わないタイプ」に分けているという点である。

    発話行為以外の行為を考えてみる。たとえば「物を譲渡する」というのは行為か。また、この場合に、何が「遂行」されているのか。

    たとえば哲学者のフォン・ウリクト(1977)は行為を「意図的に世界(自然)において変化を起こしたり、慎んだりすること」であると定義している。物を譲渡することによって、私のもっていた本が相手の手に渡ることは、たしかになんらかの変化を意図的に生じさせたといえそうだ。

    テオ・ヘルマン(1989)は行為は「出来事」であり、「主体の観察可能な身体的な動きとして理解できる」必要があるという。

    さらに、「ある特定の状況や行為に関与するものの状況把握、制度上の条件、社会的ルールのもとで成立するという条件も存在する」という。

    たとえば口を動かさず、手で文字を書くわけでもなく、相手にものを手で渡すわけでもない場合、「譲渡行為」とは多くの場合、いえないのだろう(もちろん慣習次第だが)。また、「署名によって譲渡が成立する」という慣習(ルール)がない場合も、署名による譲渡は遂行されない可能性がある。

    たとえば自分の言語が通じない僻地で「この財宝を譲渡します」と文字で書き置きしたとしても、原住民には伝わらず、譲渡が遂行されない可能性がある(そもそも私的所有という概念が慣習的に存在しない場合もある)。

    ・特に参考にしたページ

    金井満「意味と発話行為と言語ゲーム」(2011),27-28p

    世界に変化を及ぼすという要素について

    発話は基本的に全てなんらかの意味で行為であると仮定する。しかし、全てが「遂行を同時的に伴う行為」ではない。では、「同時的に遂行を伴わない行為」とはいったいなにか。

    たとえば「単になにかを報告すること」はいったいなにを遂行しているのだろうか。「この犬はかみつく癖がある」と陳述した場合、そこには何の意図があって、なにが遂行されているのか。

    オースティンは著作の前半部分において、陳述を行為遂行的発話とは言わずに、事実確認的発話と最初は定義している。つまり、なんら同時的に遂行されていないということになる。「あの馬に10万円賭ける」という発話は同時的に「賭ける」という行為が遂行されているので、「行為遂行的発話」である(それぞれの用語については後述)。

    オースティンにおける「遂行的行為」は単に何か(世界)を遂行(表現)するだけではなく、「世界に変化を及ぼす」という他の積極的要素が重要になるのだと考えられる。物理的なものだけではなく、目に見えない地位の変動、感情の変化、変化の停止なども含めてである。世界を単に描写しただけでは何かを積極的に遂行したとはいえないのだろう。たとえばサールは言葉と世界の対応に基づいて発話のタイプの分類を試みている。

    これまでの整理を図にするとこのようになる。

    後半のオースティンは二分法を曖昧であるとして放棄し、最終的には全ての発話は何らかの行為を遂行していると結論づけている。陳述も報告、伝達、断定といったような積極的な評価が与えられていくのである。

    マックス・ウェーバーにおける社会的行為と動機

    社会学者のマックス・ウェーバーによれば行為とは「単数或いは複数の行為者が主観的な意味を含ませている限りの人間行動」のことである。

    行動である「主観的意識がないような無意識的・反射的行動」とは区別されている。行為とはもっぱら人間に特有のものだといえる。

    また、社会的行為を「他者とのかかわりにおいてなされる行為」であると定義している。

    発話において意図的に世界において変化を起こすということは、多くの場合は他者とかかわるものであるといえる。他者がいない状況で「遅刻しないと約束する」と発話したところでしかたがない。また、「約束はまもらなければならない」という慣習、ルールがなければ効力をもたないだろう。このように、遂行的な発話は基本的に社会的な慣習に依存し、他者とのかかわりにおいてなされ、世界に変化を与える行為であると暫定的に仮定できる。ただし、他者とほとんど無関係に独り言の発話によって生じるものもありうるかもしれない。

    【基礎社会学第十四回】マックス・ウェーバーの社会的行為の四類型とはなにか

    参考文献リスト

    今回の主な文献

    J. L・オースティン (著), 飯野 勝己 (翻訳) 「言語と行為 いかにして言葉でものごとを行うか (講談社学術文庫 2505)」

    J. L・オースティン (著), 飯野 勝己 (翻訳) 「言語と行為 いかにして言葉でものごとを行うか (講談社学術文庫 2505)」

    汎用文献

    佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」

    佐藤俊樹「社会学の方法:その歴史と構造」

    大澤真幸「社会学史」

    大澤真幸「社会学史」

    新睦人「社会学のあゆみ」

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    本当にわかる社会学 フシギなくらい見えてくる

    本当にわかる社会学 フシギなくらい見えてくる!

    アンソニー・ギデンズ「社会学」

    社会学 第五版

    社会学

    社会学 新版 (New Liberal Arts Selection)

    クロニクル社会学

    クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)

    社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像

    社会学用語図鑑 ―人物と用語でたどる社会学の全体像

     

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    蒼村蒼村

    投稿者プロフィール

    創造を考えることが好きです。
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