動画での説明
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はじめに
社会心理学とは、人間の社会的な振る舞いの法則や仕組みを解明する学問である。
この動画シリーズは下の図に示すように、創造発見学に位置づけられている。
この記事のシリーズは創造発見学に位置づけられている。要するに、アイデアをひらめくための情報を学ぼうというわけである。ビジネス、友人関係、学業、さまざまなものにそれぞれ活かしてほしい。
できるだけ1ワードに説明する対象を絞っていく。※社会心理学だけではなく他の心理学を扱うこともある。
基本的な説明プロセスは、上の図の通りである。
沈黙の螺旋理論に関わる問題発生の例
【1】日常生活での失敗
たとえば友人グループで飲食店を選ぶときに、自分の好みが多数派ではないと感じ、意見を言い出せなくなるケースを考えてみる。
少数派であると認知している場合の意見表明には孤立が可視化されるリスクがある。しかし実際には少数派ではない場合や、友人たちは店選びに特別なこだわりをもっていない場合もある。
沈黙によって情報を出さないことで、周囲には賛同と受け取られ、ますます特定の店に対する選好が多数派であるとグループで認知されるようになる。少数派であると認知している人たちはさらに言い出しにくくなり、不満が高まってしまう恐れがある。
学校や会社においても、「その計画は間違っている、上手く行かない」と自分は思っていても、多数派の意見とは異なると認知することで言えない場合がある。
その結果、集団において誤った方向の議論が修正されず、「誰も何も言わないから正しい」として強化され、進行し続けてしまう可能性がある。
【2】その他
マスメディアがある政策への賛成意見を多く報道することで、人々が「賛成を多数派だ」と考えるようになると仮定する。反対派はより発言を控えるようになり、賛成派はより発言を増やすようになる。
この場合、政策の欠点やリスクが十分に検討されないまま実施されてしまう可能性がある。
沈黙の螺旋理論とは
沈黙の螺旋理論とはなにか、意味、定義、わかりやすく解説
沈黙の螺旋理論(英:Spiral of Silence Theory):人は孤立を避けるため、自分の意見が少数派だと認識すると発言を控え、多数派だと認識すると積極的に発言することで、結果として多数派の意見がさらに可視化され、少数派の意見が見えにくくなるという自己強化的な循環を説明する理論のこと。
図にするとこのようになる。
少数派が沈黙すると、ますます多数派が頻繁に発言するようになり、それによってさらに少数派が沈黙するというエスカレート構造が重要。
別の図にするとこのようになる。
・特に参考にしたページ
「社会心理学」,有斐閣,補訂版第二刷,328p
安野智子「沈黙の螺旋理論の展開 (< 特集> パワフル・メディア論再考)」(2002),44-45p
第一の仮説
ノエル=ノイマンによると、沈黙の螺旋理論は5つの仮説から成り立っているという。
【1】「社会は、多数派から外れた人を孤立させることによって圧力をかける」という仮説
たとえば学校や会社などで明らかに多数が賛成している中で反対意見を言うと、「空気を読まない人間」と見なされてしまうケースなどを考えると理解しやすい。
女性蔑視はよくない、人種差別はよくないという意見が多数派の社会で、反対の意見をいうと制裁を受ける。
第二の仮説
【2】「人は孤立への恐怖を絶えず感じている」という仮説
人間の普遍的な性質として、周囲から仲間外れにされたり、批判されたり、受け入れられなくなったりすることへの不安があるとノエル=ノイマンは想定している。
第三の仮説
【3】「人は孤立を避けるため、社会の空気を常に観察している」という仮説
社会の空気は「意見風土(climate of opinion)」と日本語では表現されることがある。社会の中で、どの意見が支持されているように見えるかという雰囲気を意味する。
意見風土は「意見分布の現状認知」と、「意見分布の将来の認知」の両方の意味をもつ概念であり、ノエル=ノイマンは後者をより重視している。つまり、「ある意見がこれから多数派になるだろう」という社会全体の空気を諸個人が察することが螺旋過程で重要な要素となる。
人間は「どちらが多数派なのか」などを経験や感覚によって探知しようとし、かつ探知できる能力(準統計的能力)をもっていると想定されている。
特にマスメディアが意見風土を知るための主要な情報源だという。ノエル=ノイマンは、マスメディアが意見風土を作る理由として、遍在性、累積性、画一性を挙げている。実際に多数派であってもマスメディアに支持されていなければ沈黙する傾向があり、少数派であってもマスメディアに支持されていれば積極的に発言できる傾向があるという。
第四の仮説
【4】「人は意見風土の認識に応じて発言するか沈黙するかを決める」という仮説
たとえば「自分の意見は多数派だ」と思えば発言しやすくなる。逆に、「自分の意見は少数派だ」と思えば沈黙しやすくなる。意見風土の認知が行動(=可視化できる意見表明)を媒介するという枠組みで考えられている。
第五の仮説
【5】「1から4の仮説に基づく過程が組み合わさることで、世論が形成され、維持され、変化する」という仮説
ノエル=ノイマンは自分が少数派になっても気にせず、周囲に反対されても意見を言い続ける例外的な存在を「ハードコア層」と呼ぶ。
特に参考にしたページ
安野智子「沈黙の螺旋理論の展開 (< 特集> パワフル・メディア論再考)」(2002),46p
全体の見取り図
「沈黙の螺旋理論」を理解するための主要な概念は「世論」と「準統計的能力」である。
世論とはなにか、そして世論はどのように形成されるかというプロセスの理解が大きな枠組みである。その前提として人間はどのような情報処理能力をもっているのか、どのようなタイプが存在するのかの理解が必要となる。
沈黙の螺旋理論が依拠している理論として「同調理論」の理解が必要になる。「勝ち馬効果」との違いも重要になる。
さらに関連する用語として「自己成就的予言」、「第三者効果説」、「多数派ヒューリスティック」、「オピニオン・リーダー」、「アナウンスメント効果」、「アンダードッグ効果」、「離脱効果」などを抑えておく必要がある(主に沈黙の螺旋理論に批判的な立場を理解する際に重要である)。
基礎概念1:「世論」とはなにか
従来の世論の意味
一般に、世論とは「社会で最も多くの人が支持している意見」を意味する。
たとえば世論調査で賛成60%、反対40%ならば、賛成意見が世論だと多くの人は考える。
しかし社会心理学において、世論はそのように単純に考えられていない。
統計的なランダムサンプリング手法による世論調査も聞き方によって結果が変わることもあり、絶対的な手法ではない。また、世論を「良識ある市民」に絞るのか、「無知な市民」を含めるのかという議論も存在する。
世論は社会学者のデュルケムの用語でいえば「集合意識」に近い。それが部分的に可視化(表象)されたものが法律や統計だということになる。
【基礎社会学第三六回(3)】エミール・デュルケムの「集合意識と集合表象の違い」を解説
デュルケムの場合は「一人ひとりがどう思っているか」というより、そうした意識を規定する社会的構造に着目している。
たとえば政治学者のドナルド・レイ・キンダーによると、世論とは「公権力の行使に関わる対象をめぐって多様に生じる意見であり、しかもその意見の質はさまざまでありうる」という。
パンとご飯のどちらが好きなのか、ゴッホとモネのどちらが好きなのかといったタイプの意見は基本的に世論とは呼ばない。つまり、単なる多数派の意見を全て世論と呼ぶわけではない。
社会学者のハーバート・ブルーマーは、「政治や政策に影響力を与える力を持った意見でなければ、世論とは呼べない」と考えている。
社会学者のジョージ・ハーバート・ミードは「一般化された他者」という概念を唱えている。ここで重要なのは諸個人によって「想像される多数派」であり、「現実の多数派」そのものとは限らないという点である。社会心理学者のオールポートは「想定された群衆」と呼んでいる。
【基礎社会学第二十七回】G・H・ミードの「プレイとゲーム、重要な他者と一般化された他者」とはなにか
死刑制度の是非、政治家の是非、AIの是非、タトゥーの是非といった問題は「政治や政策に影響力を与える力を持った意見」となる可能性が高い。たとえば政治家への批判が圧倒的になれば、実際に辞職を促す力、政策を変える力をもつこともありえる。
たとえば多くの人がAIを問題だと叫び始めれば法律が制定され、規制が始まるかもしれない。誹謗中傷が問題であるという認識が広がったことが、罰則が強化される一因になったと解釈することもできる。
社会学者のユルゲン・ハーバーマスは「理性的な市民が公共の問題を議論して形成する意見」としての世論を重視している(理想としてであり、現実にはそうではないことも認めている)。
つまり世論を、民主主義における合理的な意思決定の仕組みとして理解していたのである。ちなみにハーバーマスはマスメディアには人々の生活世界におけるコミュニケーションを「集約」する能力があるとしている。もちろん偏りはありうるが、それに対抗する手段も存在しうると想定されている。
【1ワード社会学第十三回(42)】ハーバーマスの「討議倫理学」
・特に参考にしたページ
「社会心理学」,有斐閣,補訂版第二刷、315-317p
安野智子「沈黙の螺旋理論の展開 (< 特集> パワフル・メディア論再考)」(2002),46-47p
ノエル=ノイマンによる世論の定義
ノエル=ノイマンは世論を以下のように定義している。
世論(英:public opinion):論争的な争点に関して自分自身が孤立することなく公然と表明できる意見のこと。
ノエル=ノイマンによると社会規範や流行も世論の一種であるという。
たとえば「殺してはいけない」、「挨拶をしなければいけない」という意見や「この服装は流行っているから普通である」といった意見が考えられる。
もし男性がスカートを履くことが流行なら履けるが、流行でなければ多くの場合困難になる(沈黙せざるをえない)。
「糖質制限はよい」という流行から「糖質制限は悪い」という流行へ変わりうることもこのひとつかもしれない。もし「糖質制限が悪い」ということが多数派に認知されていれば、「糖質制限は良い」という意見を表明する人間は孤立的な立場になる。だれかが糖質制限で死亡する記事がマスメディアで拡散されただけで、ガラッと世論が変わる可能性もある。
個人の私的な選好に思える流行ですら、それに合わせないと制裁(世間からの否定的な視線)を受けるという点が重要である。
従来のパブリックに対する理解では、「公然性」や「公共的利害」といった要素が重視され、「公の目を意識させることによって統治するという側面が軽視されていた」とノエル=ノイマンはいう。
「統治」を重視すれば、世論とは「同調圧力」であり、ある社会的な言動に対して是認や否認を行う力である。あらゆる世論が理性的で合理的につくり出されていれば、同調圧力をもっていたとしても一定の正当性をもつといえる。しかし世論が現実において違ったプロセスにおいて生じているならば、その正当性をより批判的な目で捉え直す必要も出てくる。
ハーバーマス的な理想に基づく考えでいうと、「理性的な人間が民主的・合理的に話し合って決まった意見」が世論である。そしてこの世論は民主主義を支えるものだとみなされている。
ノエル=ノイマンの場合はより現実を重視し、そもそも人間は「孤立を恐れて、正しいと思っていることも少数派だと自分が認知していると、容易に表明できない」という前提になる。では、人はどのように多数派を想像(認知)するのだろうか。
・特に参考にしたページ
安野智子「沈黙の螺旋理論の展開 (< 特集> パワフル・メディア論再考)」(2002),47-48p
基礎概念2:「準統計的能力」とはなにか
社会心理学における情報処理能力とは
社会心理学の基礎的な前提をまずは解説する。
人間は「情報処理能力」をもっている。外界からの刺激を受け取り、それを選択的に処理し、解釈し、判断する能力である。たとえばある人物が叫んでいたとして、その叫ぶという行為を「危険」であると意味づけ、「近づかないようにしよう」という判断を行うようなケースである。
情報処理の方法は大きく「システマティック処理(情報を客観的・統計的に処理)」と「ヒューリスティック処理(情報を表層的・無意識的・簡易的に処理)」に分類される。
【1ワード社会心理学第四回】「代表性ヒューリスティック」とはなにか
たとえば「高い値段のものは品質が良い」という判断はヒューリスティック的である。実際に品質を客観的に精査して比較すれば、安い値段のもののほうが品質が良い場合もある。しかしそうした手間を省略して、簡易的に情報を処理しているケースであり、日常ではこうした処理のほうが多いとされている。
我々は情報を全て入手することが困難である。そして情報が仮に全て手に入ったとしても、それらを完全に処理できる能力をほとんどの場合もっていない。
十分な能力をもっていたと仮定しても、その処理を行う動機や時間があるとは限らない。おにぎりAとBのどちらがコストパフォーマンスがいいかを考えることに数時間費やすことを我々はしない。
仕事でAをするかBをするかによって会社のこれからがかかっている場合はシステマティックに処理するのかもしれないが、しかし情報の収集や処理の能力には限界がある。
たとえばライバル企業がどういう状態か、外国の戦争はどういう状態かについて、限定された情報しか入ってこない。社員の能力や心的状態についても限定された把握しかできない。
・特に参考にしたページ
「社会心理学」,有斐閣,補訂版第二刷,318p
社会心理学におけるエゴセントリックな認識とソシオトロピックな認識の違い
社会心理学では自己の利害の認識を「エゴセントリックな認識」と呼び、社会全体の動向の認識は「ソシオトロピックな認識」と呼ぶ。そして世論はソシオトロピックな認識において把握される。
政治的なこと、公共的なことは日常生活において相対的に重要性が低い、つまりサイドショーだと判断する人が多い。政治的な話を聞いただけで嫌悪する人すらいるだろう。しかし同時に、政治的な出来事、たとえば政策の実施や不実施が我々の日常生活、自己利害に大きく関わらざるをえないことも認識されている。
エゴセントリックな認識すら情報処理が不十分であるのに、ソシオトロピックな認識はさらに情報処理が不十分になりがちだといえる。
たとえば「原発に対して賛成か反対か」という問題と、「転職をするべきかどうか」という問題を考えてみればわかりやすい。原発がどういう仕組みで動き、どのような危険性があり、どのような利益をもたらしているかについて我々はその多くを知らない。
情報を入手できないだけではなく、仮に入手できたとしても専門的な知識がないと理解できない場合がある。仮に理解した場合でも、どれだけの政治的影響をもつことができるのかも問題になる。もし力をもてないならば理解する動機が弱まってしまう。
「なんとなく危険だから反対だ」、「専門家が反対しているから反対だ」、「信頼できるオピニオン・リーダーが賛成しているから賛成だ」、「応援していない政党が主張しているから反対だ」というヒューリスティックな処理に多くの人はなりがちである。
原発は電気代や、震災の際のリスクなど、我々の日常生活に関わる問題ではある。しかし、「転職するべきかどうか」のほうが諸個人にとっては喫緊の課題であり、優先すべきだと見なされることが多い。
実際、日本の国政選挙では投票率が5割前後になる場合もある。
我々が情報処理において重視するリソース(情報資源)として「世間の多数派の意見」がある。しかし世間の多数派を「統計的数値」として我々は必ずしも認知していない。情報の処理に我々は毎回世論調査や論文などのデータを確認するわけではない。
たとえばテレビやネットニュースなどのマスメディアにおいて繰り返し批判の対象となったり、あるいは賛同の対象となることを目にすることで、「多数派かどうか」、「孤立する恐れのある意見かどうか」の判断材料を意識的、あるいは無意識的に獲得している。
・特に参考にしたページ
「社会心理学」,有斐閣,補訂版第二刷,318p
ノエル=ノイマンにおける「意見風土」とは
沈黙の螺旋理論では、人々が「世論」を知るための主要な情報源は「マスメディア」であると想定されている。ここでいう世論とは、諸個人によって想像、知覚された雰囲気、つまり「意見風土」である。
意見風土は「実際の統計的な意見分布」と重なるわけではないことに注意する必要がある。この言葉をノエル=ノイマンは明確に定義しているわけではなく、意見分布の認知とその変化(世論動向)の認知の両方が含まれているという。つまり、「今、多数派か」という認知と「今後多数派になる」という認知の両方の意味で使われている。ただし、ノエル=ノイマンは後者の認知を重視している。
世論は発言や行為によって可視化されることもある(電車の優先席に座らないこと、優先席に座らないように咎めることなど)。統計的に可視化されれば世論調査となる。
ただしこの場合の世論調査は「本当に思っているかどうか」という内心が反映されている保証はなく、「実際の統計的な意見分布」と重なるとは限らない。
図にするとこのようになる。
・特に参考にしたページ
安野智子「沈黙の螺旋理論の展開 (< 特集> パワフル・メディア論再考)」(2002),48p
安野智子「沈黙の螺旋理論の展開 (< 特集> パワフル・メディア論再考)」(2002),57p
ノエル=ノイマンにおける「準統計的能力」とはなにか、意味、定義、わかりやすく解説
準統計的能力(英:quasi-statistical sense):「意見風土」を、直感的・経験的に把握する能力のこと。
ノエル=ノイマンの想定では、人は意見分布をある程度正確に把握できるものだとされている。人間は主に直接の観察(周囲の人の発言や反応)やマスメディア(ニュースなど)から情報を獲て、意見風土を認識することができるというわけである。
ノエル=ノイマンは1985年に、意見表明の意図を規定するのは「現状の意見分布認知」ではなく、「世論が今後どちらに傾きそうかという世論動向の認知である」と明確に言及するようになる(1974年の『沈黙の螺旋』初版の段階では明確にされていなかった)。
つまり、ある意見の多数派の拡大が螺旋的に生じていく際に必要な情報処理が「予期」である。予期に基づいて人は黙るか、喋るかを選んでいる。
わざわざ予期するまでもないような状態では螺旋的過程は生じにくいといえる。たとえば我々は「殺人がよくないということになるだろう」などと逐一予期しない。
図にするとこのようになる。
・特に参考にしたページ
安野智子「沈黙の螺旋理論の展開 (< 特集> パワフル・メディア論再考)」(2002),48p
ノエル=ノイマンにおける「二重の意見風土」とは
ノエル=ノイマンは1993年にマスメディアが伝える意見風土と、実際の意見分布が異なる状態を「二重の意見風土」と表現している。
たとえばメディアはAが優勢と報道したが、実際にはBが優勢のようなケースである。しかしノイマンによると、このズレは常に起こるものではなく、特殊な条件下でのみ発生する例外的現象だとされている。
もし人々がマスメディアを主な情報源として多数派を認知し、かつマスメディアから得られる情報が基本的には正確であるとする。
この場合、人々の意見風土の認知も基本的には正確であるという前提になる。予期はある程度現状の認知に基づくのだから、結局はマスメディアの報道のあり方が、人々の行動を強く規定するということになる。
マスメディアがある意見を現状において多数派だと報道すれば、人々は今後もそれが多数派になると予期するようになる。もし「多数派」だと明確に表現しなくても、繰り返し特定の意見が肯定的に扱われたり、否定的に扱われることで予期のための土台が人びとに生じる。そして多数派側の人はより多く発言し、少数派の人はより多く黙ることになる。
その結果、実態以上により多く見えるようになったり、あるいは実態としても多数派が増えたりするというわけだ。
・特に参考にしたページ
安野智子「沈黙の螺旋理論の展開 (< 特集> パワフル・メディア論再考)」(2002),50p
続きの記事
参考文献
おすすめ文献
ノエル=ノイマン (著),池田 謙一 (翻訳) 「沈黙の螺旋理論[改訂復刻版]: 世論形成過程の社会心理学」
ノエル=ノイマン (著),池田 謙一 (翻訳)「沈黙の螺旋理論[改訂復刻版]: 世論形成過程の社会心理学」
汎用文献
社会心理学 補訂版 (New Liberal Arts Selection)
社会心理学 補訂版 (New Liberal Arts Selection)
デイヴィッド・マクレイニー (著), 安原 和見 (翻訳) 「思考のトラップ 脳があなたをダマす48のやり方」
デイヴィッド・マクレイニー (著), 安原 和見 (翻訳) 「思考のトラップ 脳があなたをダマす48のやり方」
亀田 達也(監修)「眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学」
亀田 達也(監修)「眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学」
参考論文
安野智子「沈黙の螺旋理論の展開 (< 特集> パワフル・メディア論再考)」(2002)[URL]
小川 祐樹, 山本 仁志, 宮田 加久子「Twitterにおける意見の多数派認知とパーソナルネットワークの同質性が発言に与える影響(原子力発電を争点としたTwitter上での沈黙の螺旋理論の検証) 」(2014)[URL]
林 浩輝, 梅原 英一, 小川 祐樹
「否決された大阪都構想のTwitter投稿における世論形成理論成立の考察」(2020)[URL]














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